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あなたの知らない京都

源氏物語ゆかりの地・紫野の雲林院

✅20240107投稿・20240314追記・再投稿しました。

初めて雲林院に行ったのは2022年の9月27日でした。船岡山と建勲神社、大徳寺を経てからの雲林院という事で、京都北区巡りで辿りつた場所でもあります。それが…(おそらく)その翌日、新聞に北区の紫野で火事があったという記事が載せられていて、「えっ!昨日行った所?」と思いつつ、忘れてしまいましたが、何と、その火事の跡地から雲林院の跡が発掘されたという事ではびっくりでした。火事があった場所は雲林院からすぐの場所です。(雲林院の跡地に関しては投稿の後半に写真と一緒に書いておりますので、興味のある方はご参照ください。)

大河ドラマ『光る君へ』の放送が始まり、第1話である今日の放送ではドラマのゆかりの地として平安神宮と紫野が登場しました。(➡大河ドラマ「光る君へ」紀行①)紫野は紫式部が生まれ育ったと伝われる地で、京都市北区の地名です。その紫野にある雲林院は源氏物語ゆかりの地でも知られています。

今回の投稿は雲林院をご紹介させていただきます。

雲林院

雲林院は京都府京都市北区紫野雲林院町にある臨済宗の寺院で、かつての雲林院は広大な敷地を誇る天台宗の寺院で菩提講で名高いお寺でした。一方で、桜や紅葉の名所としても知られ、歌盛大な歌舞の宴も行われたと云います。

しかし、鎌倉時代に入って衰退し、その後、大徳寺の塔頭となるものの応仁の乱により廃絶、現在の雲林院は1707年にかつての寺名を踏襲し、再建されました。

雲林院・境内

そこまで広いとは言えない境内には手水舎が人を迎え、その近くに十一面千手観音菩薩を祀る観音堂があります。

雲林院・春

20240304・雲林院

春の雲林院には椿が綺麗でした。椿以外にも水仙と蝋梅、梅の花…それから福寿草と思われる花も咲いていました。

椿はよく見られる椿とは少し違う感じで、小さくて可愛らしい感じでした。蝋梅はかなり大きい木でほぼ枯れつつでしたが、春先はとても綺麗だったのではと思います。水仙の花も所々見られました。

福寿草はめでたい意味の漢字が二つも並んでいるその名前の事もあって、色んな場所から乱堀され、今はその数が少なくなって絶滅危惧種に指定されているようです。めでたい福寿草、そばに置きたい気持ちもあるかもしれませんが、枯れたらめでたさも枯れちゃうかもしれないし、掘らずに眺めて守ってあげましょう。

雲林院・秋

20220927・雲林院

秋の雲林院には彼岸花を始め色んな花が咲いていましたが、その中でもけいとうの花が綺麗でした。

ケイトウの学名は「燃焼という意味のギリシャ語に由来する」と言われますが、まさにその赤は目眩しいものでした。紫式部の燃えきれなかったその情熱が今になってケイトウに移り込んだのでしょうか。

源氏物語・雲林院

雲林院は「源氏物語」を始め、「枕草子」「伊勢物語」にもその名が登場する事から、平安時代にもその名が広く知られていた事が分かります。

源氏物語・「賢木」

六条御息所が伊勢に下り、源氏のお父さんである桐壺院が他界、藤壺に対する心が止まらなくなる源氏、しかし、藤壺は源氏を受け入れる事ができず、出家してしまいます。その状況が源氏物語の第10帖「賢木」に書かれています。

源氏は中宮を恋しく思いながらも、どんなに御自身が冷酷であったかを反省おさせする気で引きこもっていたが、こうしていればいるほど見苦しいほど恋しかった。この気持ちを紛らそうとして、ついでに秋の花野もながめがてらに雲林院へ行った。➡紫式部 與謝野晶子訳 源氏物語 榊 (aozora.gr.jp)

✅源氏物語の「賢木」で登場する野宮神社は別の投稿で書いておりますので、興味がある方はご参照ください。

雲林院・御朱印

御朱印は境内に面したお宅で頂けます。値段は300円か500円になります(もう忘れてしまいました😥)

雲林院・新たな跡地の発見

2年前起きた紫野の火事に関しては既に書いておりましたが、自分が住んでいた場所が火事になって、まさか、その場所が雲林院の跡地だって、そんなの夢にも思わなかったのでは。

このように、京都はいきなり日常が非日常に変わる不思議な場所。今、自分が住んでいるこの場所も掘ってみると何らかの歴史が出てくるかもしれないとも思ったりしちゃいます😓

京都市・雲林院跡地

https://www.city.kyoto.lg.jp/bunshi/cmsfiles/contents/0000172/172102/urinin02.pdf

NHK京都 NEWS WEB・雲林院跡地

あなたの知らない京都旅

二年前の紫野の火事がずっと気になっていましたが、その火事で燃やされた跡が雲林院だと確実に知ったのはあるテレビの番組のお蔭でした。

その番組とは!こちらのブログでも度々登場する『あなたの知らない京都旅』。毎週録画して観ています。興味深く、ためになる内容も多く、京都好きな方におすすめです。

雲林院の跡地が放送されたのは1月25日放送の「紫式部の素顔 なぜ源氏物語はうまれた?」です。番組では雲林院を「紫式部が晩年を過ごしたお寺」と紹介されました。紫式部が出家したかどうかは不明ですが、おそらくお寺で晩年を過ごしたのではという話はあるので、その可能性大!ですよね。

番組では雲林院の跡地と共に紫式部のお墓も紹介されました。紫式部のお墓の辺りも雲林院の境内に属したのではとも云われています。

紫式部のお墓

紫式部のお墓は別の投稿で書いておりますので、興味のある方はリンク先をご確認ください。

20240304・雲林院跡地

昨年、発掘調査が行われた場所は雲林院から歩いで5分もかからない場所。もし、火事が起こらなかったら調査は行われる事ができなかった訳で、それも何かの縁が火事に繋がったのではとも思います。しかも、私が初めて雲林院に行った、その日?に火事が起きるとは…そこにも何やら、不思議な何かを感じられます。

溝の跡とかもそのままあったので、歴史の生々しさを感じました。

雲林院・アクセス

雲林院は京都市バスの「大徳寺前」から歩いてすぐ行ける距離です。➡京都市バス時刻表:大徳寺前 (kyoto.lg.jp)

交番から近くの横断歩道を渡って進むとすぐになります。

信号の向こう側が雲林院です。

【番外編】枕草子・雲林院

雲林院は清少納言の『枕草子』にも登場します。清少納言も『光る君へ』の登場人物。同じ時代を共に生きた彼女たちはそれぞれの「マイ雲林院」を自分の物語に入れたとも言えます。
 
清少納言が『枕草子』で雲林院を入れたのは41段。(韓国語訳版では38段になります)

…祭のかへさ見るとて、雲林院・知足院などのまへに車を立てたれば、ほととぎすもしのばぬにやあらん、なくに、いとようまねび似せて、木だかき木どもの中に、もろ聲になきたるこそ、さすがにをかしけれ。

清少納言が賀茂祭(葵祭)の帰りを待っていたのは紫野の辺りだったと云います。祭の帰りを待つとわくわくしますね。そのワクワクを音に出すかのようにほととぎすが泣くとウグイスまでが泣き始める。ここから続くのは祭の事ではなく、ほととぎすの事。清少納言はほととぎすが大好きだったようです😅
 
さて、清少納言はなぜ紫野で賀茂祭の帰りを待っていたのでしょうか。その理由は斎王の住まいである斎院が紫野のあたりにだったからです。
 
斎王には伊勢の斎王を斎宮、賀茂の斎王を斎院といい、斎宮の住まいは斎宮、斎院の住まいは斎院となっていました。斎宮はその当時の位置が分かっていますが、斎院は大徳寺の北東あたり等の説があるだけで、確かな位置は判っていません。(岩波ジュニア新書 『文学でめぐる京都』を参考にさせていただきました。)

【番外編】お漬物はいかがですか?

雲林院から出ると近くにトラックでお漬物や野菜を販売する方がおられました。以前、植物園の近くでトラックで野菜を販売する方には予約のみと言われたことがあって、「買えますか?」と訊いたら「どうぞ」という事だったので、お漬物を頂きました。

大根の漬物は200円、菜の花の漬物は250円。菜の花の漬物は初めて食べましたが、歯応えがよく、お弁当に入れても色が華やかになるし、とても助かりました。大根の漬物も量も多く、さっぱりして美味しかったです。

雲林院町で野菜とお漬物販売のトラックに出会ったらぜひ一つ手に取ってみてください。