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あなたの知らない京都

映画『プラン75』・安楽死を考える

あるほど、年を取ると死について考える事が増えるようになるのかもしれません。

もちろんお若い方々の中でも死を考える方がおられるかもしれませんが、若いという事だけでもあなたには無限の可能性がありますので、色んな道を進む事をお願いしたいです。

今の職場が耐えられないなら、果敢にやめて別の仕事を探してみる。

一日、一人で旅に出る。

一日、バスを終点まで行って、探検してみる。

一日、映画を観る。

一日、美味しい物を食べる。

一日、本屋さんに行って本を読む。

一日、神社仏閣巡りをしてみる。

つらい時は、まず、自分を休まさせる事はいかがでしょうか。言葉通りに簡単な事ではないと思いますが、どうかくれぐれもご自愛ください。

話しが変わりますが、昨年、しばらく手を動かす事がしんどくなって、足の痛みで苦しんだ時期があって、そこから、もしもの時の安楽死の事を考える事になりました。

安楽死

安楽死(euthanasia)とはギリシャ語の 'euthanatos'(美しくて幸せな死)から由来したようです。

年を取ると誰にも平等に訪れるのが死。その死をどう迎えるのか。安楽死はそれを問います。

積極的安楽死と削極的安楽死

積極的安楽死は、明確な患者の意思を前提に、耐えがたい苦痛があり、回復の見込みがない、代替治療がないなどのいくつかの条件の下で、医師が患者に致死薬を投与する行為。これに対して、同様の条件で、医療従事者が処方した致死薬を患者が自ら摂取する行為が自殺幇助(ほうじょ)にあたる。日本ではいずれも認められていない。一方、本人の意思を前提に回復の見込みのない病の終末期にある患者に対して、延命のためだけの治療を中止して死に至るまでの苦痛を緩和する行為は消極的安楽死とされ、日本では「尊厳死」と呼ばれる。

https://www.asahi.com/articles/ASR4V3JSTR4KUHBI03L.html

リビングウィル

「リビングウィル」は事前に医療・ケアの選択について意思表示しておく文書で主に延命治療を拒否の意志を表している方が多いとされます。リピング・ウイルの書き方はネットでも多く載せられているので、個人でも書く事ができます。

🔹日本では自らの意志で延命治療を拒否して、死を迎える消極的安楽死(尊厳死)は日本では法律的には確立されておらず、幾つかの裁判の判決で『「治療中止は認められる」』との見解が出ています。

➡リビング・ウイルとは | 公益財団法人 日本尊厳死協会(リピング・ウイル協会に登録する事もできます。)

映画・『プラン75』

ここで興味深い映画をご紹介させていただきます。

映画『プラン75』。『プラン75』というのは75歳になれば、自分で死を選ぶことができるという制度の事です。住民票がなくても対象になるので、日本に住んでいる人ならだれでも?申請できるかもしれませんが、その点は確かではありません。

一回申し込むと自由に使えるご褒美の10万円がもらえて、もし、心が変わるとキャンセルできます。死のキャンセルができる訳ですが、ご褒美の10万円は返却されるのでしょうか。

映画の中では一見孤独にも見えますが、淡々と生きていくお年の方が多く登場します。

しかし、社会はその高齢者に対して優しくありません。そこをどう乗り越えるのか、そこで思いつくのが『プラン75』という選択……しかし、彼女の最終選択は美しい日の出とは反対に明るい未来とは思えないのが悲しい。

映画『プラン75』は別の投稿で書いております。安楽死に関する考えも書いておりますので興味のある方はご参照ください。

終わりに

積極的安楽死と削極的安楽死、そこに加えて私は選択的安楽死を望みます。重い病気ではなくても「これでよし!」という時が来たら、穏やかに死を迎えたい。

自殺と何が違う?という方もおられるかもしれませんが、元気なうちに、好きな人たちに囲まれて、楽しい時間を過ごして、感謝とさよならを伝えて、穏やかに死を迎える。

 

でも、私がその死を看取る立場になったら……果たして、笑顔で見送る事ができるのか、それはむしろ絶えない悲しみになるかもしれないですが…。

 

もちろん、年の制限は必要と思いますが、私は…ある意味で『プラン75』に似た「選択的安楽死」ができればと思います。

「美しくて幸せな死」……その安楽死が日本でも合法化になる事を願います。