kyotostory🌸

あなたの知らない京都

京を書く・天神川でホタルの夢を見る

小説なんか書けるとは思いもしなかったのですが、すんなりと書いた『深泥池が見える部屋』(➡京都市:深泥池が見える部屋/空色 )が京都キタ短編文学賞の最終選考ノミネートされた事がきっかけで、京都文学賞に挑戦する事になりました😓

今回の投稿は京都文学賞に応募して、一次予選で落ちてしまった作品と共に文学賞に応募した際に失敗した経験をご紹介させていただきます。小説を書いている方々、これから文学賞に挑戦しようと思っている方々に少しでも役に立てれば嬉しいです。

無謀な挑戦

人は夢を見るがいいといいますが、とてつもない夢を追うのはただの馬鹿に過ぎない……まさに自分の事でした。

時間が足りない

京都文学賞の〆切は5月12日。京都キタ短編文学賞に入選できず、しばらく諦め……だったのですが、4月になって、今……書かないと一生書けないかもしれないという……なんの根拠のない妄想に覆われ、いざ!とパソコンに向かったのは、4月初旬。そこから……とんでもない馬鹿な挑戦が始まりました。

まず、車折神社に行ってお祈りからのスタート。そこから神社に行く度「京都文学賞に応募できますように」とお祈りしながらの1か月あまりでした。

落選したものの、応募はできたので、願いは叶いました。空っぽの私が京都文学賞に応募できた事はまさにキセキだった気もします。本当に感謝です。まだ、お礼もできてないですが、今年までにお礼に車折神社にお参りに行こうと思っております。

書くという事

私にとって、今回の小説は思うわぬでき事の連続でした。タイトルもいきなり浮かんだし、それによって蛍を入れる事になったり……。京都駅での飛行機雲は実際その日の事で、バスが信号にかかったおかげで東寺の五重塔と目を合わせる事ができたので、もし、その日、飛行機雲がなかったら……バスが信号にかからなかったら……飛行機雲も五重塔も小説の中に出なかった訳なので、その日、その時の周りの状況も小説を書く際は大事という事が分かりました。

今、考えてみると、限られた時間に次々と浮かぶストーリーを私はただ写す事で精一杯だった気がします。写すだけで、考える事が欠けたので、ただの話の羅列だけで、「何が話したいの?」となったかもしれません。

〆切の日に現地調査

あんなに時間があったのに、後回しして、結局……締め切りの日である5月12日に京都駅と松尾橋、天神川桜並木に行くはめになりました……。いつもギリギリで成り出すその習性が今回一番の害でした。

朝出て、家に帰ったのは昼過ぎ……そこから書き始めたのが小説のスタートに出る「みやこの滝」……バスから見える東寺の五重塔、梅小路公園……それから美咲の住んでいる天神川のマンションとエンディング。

〆切の日に応募する小説のスタートとエンディングをギリギリまで書いたのはおそらく私だけでしょうが……。

矯正できず、誤字だらけ

〆切の日、しかも〆切時間のギリギリまでエンディングを書いたわけで、矯正の時間もなく、書き終えてそのまま応募という事に……。その後、ゆっくり読んでみると、とんでもない誤字や間違いが余りにも多く、急いで書いて応募した事をかなり後悔しました。

文学賞に応募する方々、小説の内容も大事ですが、何より丁寧な矯正に心かけてください。私は今回の経験で身をもって矯正の大事さを感じました。

応募作・天神川でホタルの夢を見る

✅訂正せず、そのまま載せます。誤字やあやまりの一部は赤字に表示しております😢

✅小説にはブログに投稿した場所がたくさん登場します。写真とのコラボもお楽しみください😊

✅小説に登場する場所をゆっくり追記予定です。

✅この前、ママさんから誤字(青字)を教えて頂きました。思いもしなかった誤字がたくさんあってびっくりしました。本当に感謝です。

天神川でホタルの夢を見る

 

初めての京都、関西空港から京都駅八条口に着いたのは昼過ぎだった。美咲とは京都駅の『みやこの滝』の前で会う事になっている。「駅の中に本当に滝があるの?」と私に「さあ……どうでしょう」と美咲は笑った。

『みやこの滝』は「近鉄みやこみち」の中にあるらしい。私は謎めきの『みやこの滝』を探し始めた。『みやこの滝』は人に溢れる京都駅で数えきれないほどの店を通り過ぎでやっと現れた。

『近鉄みやこみち』の突き当りのトイレの隣に設けられた『みやこの滝』は音楽に合わせるかのように流れる水は虹かと思うと「WELCOME TO MIYAKO MICHI」に変わり、五重塔と大文字、その後は「ハートが続いた。

滝の近くには夢中になって滝を観ている子供や滝にスマホを向けている外国人の姿も見えた。流れ星に変わっていく滝から目を離して、周りを見渡すと……近くから手を振っている美咲が見えた。美咲の後ろから見える看板には『GRILL CAPITAL 東洋亭』と書いてあった。

 

1

 

「あの……莉(レイ)、ちょっといい?」美咲(みさき)が私に初めて話をかけたのは小学生の時だった。先生から京都から来た山本美咲と紹介された彼女は綺麗な顔たちで、ちょっとも躊躇(ためら)う事なく堂々と挨拶をした。勉強も運動もできる子だった美咲はリーダーシップもあって、一躍クラスの人気者になった。それに、五年生になっては放送部に入って、京都訛を抑えながらの綺麗な声で給食の時間を盛り上げた。

 

勉強以外はクラスの中で殆んど目立たず、しかも人見知りで、学年が上がってもろくな友たちも出来ずにいた私に、5年生で再び同じクラスになった美咲から声をかけられた時は正直……嬉しかった。

「どうしたの?」

「あのさ、この前、『将来の夢』についてみんなで発表したでしょ? 莉が話したあの本、私も読みたいなと思って……」

「『ガラスの仮面』の事?」

「そう。あの本、貸してくれない?」

 

先週、国語の宿題で出された作文のテーマは『私の夢』だった。美咲は生き生きした表情で北野天満宮の巫女さんになりたいと話したのを思い出した。京都で住んでた時、美咲は北野天満宮の近くに住んでいて、北野天満宮の梅を巫女さんが収穫するのを見に行った事があって、憧れるようになったらしい。

私は『ガラスの仮面』を紹介して、将来は役者になりたいと発表した。いつも「壁の花」のような存在だった私の口から「役者」という言葉が出た事に……みんなは驚いた。

「あの……『ガラスの仮面』って四十巻以上あるけど、莉は全巻持ってるの?」

「うん」

連載から五十年近く経つ『ガラスの仮面』は単行本で四九巻まで出ているが、未だに完結してない。それゆえ、母の「死ぬまでにやりたいリスト」には「『カラスの仮面』の最終巻を読む」が堂々と入っていた。

「すごい! 貸して、貸して!」

 

『ガラスの仮面』を進められたのは母からだった。母は小学生の時、学習発表会が余程楽しかったらしいく、その後は演劇部がある中学校と高校に進んでは大学でも演劇部に属した。しかし卒業を目前にして、母は周りの人の期待を見事に裏切って、公務員の道を選んだ。

今の母にはアルバムの中で輝く女優の姿は微塵も感じない。

その母の影響もあったのか、私も学習発表会はいやではなかった。しかし、劇の役を決めるオーディションは苦手で、いつもやりたい役から落ちて、残り役になった。そんな私が四年生になった時、母から渡されたのが『ガラスの仮面』だった。その後、私は自分の名前が『カラスの仮面』の青木麗からとった事が分かった。

……どうせ、『ガラスの仮面』から名前を持ってくるなら主人公の「亜弓」がいいのに、なんで「麗」にしたの? と母に訊いた事があった。

「莉、人生には舞台に立ってスポットライトを浴びる人もいれば、その人を陰で支える人もいる。莉も知ってると思うけど、その舞台に立つ人は極わずかで、殆どの人は見えない場所で黙々と働いてるのね。でも、その陰で働く人たちがいなくなると世の中は上手く回らなくらるの。

麗は裕福だけど、色々事情があって、家を出て、苦労をしながら演劇を続けるでしょう? 諦めずに、自分を貫く事ができたからこ……麗は月影という素敵な先生に出会い、マヤとも出会う事ができたと思う。しかも、麗は実力があるのにマヤの才能を認めて支えてくれるのね。麗は人間としての優しさと他人に対する思いやりを持っている。ママは莉が麗のような大人になって欲しいと思う」

 

数日後、『ガラスの仮面』を読み始めた美咲は私を「マヤ」と呼び始めた。ちょっと悔しいけど、美咲は「亜弓」に似ていた。しかも北野天満宮の巫女さんになりたいという美咲は『ガラスの仮面』に出てくる梅の木の精である「紅天女」にも似ている気がした。

 

美咲とは六年も同クラスになった。『ガラスの仮面』を何回も繰り返して読んだ美咲と私は学習発表会で初めてメインの役に選ばれて、舞台に立つ事になった。作品は『走れ、メロス』を朗読劇にした作品だった。この作品を通じて他人と友たち、家族……何より自分自身を信じる力と喜びを覚えて欲いという願いを込めた先生の選定だった。小学校最後の学習発表会でもあって、みんな気合を入れて練習に挑んだ。美咲はメロス、私はセリヌ(セリヌンティウス)役だった。

劇が始まる前、あまりの緊張で「私、無理かも」と話すと美咲は私の手をぎゅっと握ってくれた。「いい? 一緒にガラスの仮面を被るのよ。『メロス』と『セリヌ』のガラスの仮面」

その瞬間は未だに忘れられない。私の目を見つめる美咲の顔は二人の紅天女を競う亜弓そのものだった。エンディングのシーンで美咲と私は感情を抑え切れず、号泣した。母を含め、観客の中でも涙を流す人が多く、会場はしばらくの間、波のように揺れていた。

母から「部活で演劇部がある中学校はどう?」と勧められたけど、私は演劇に対する何の悔いも未練もなかった。おそらく六年生の学習発表会で一生分の演技ができたのかもしれない。二度とここまでできる自信がなかったゆえに、演劇をやりたいという将来の夢は早くも心の奥に封印された。

 

2

 

中学校は美咲と同じ女子中学校に入った。学校にはライラックの木が何本も植えられていて、春になるとライラックの甘い香りがグラウンドまで冗漫しているようだった。校舎辺りにはライラックの木以外も大きな木が何本かあって、何処から来たのか、毛虫が多く、校門を通って校舎に繋がる一本道を歩くと、いきなり毛虫が落ちたりする事も少なくなかった。

一年もすれば、慣れるものだが、入学したばかりの新入生にとっての毛虫は過酷な通過儀礼でもあり、誰でも一回ぐらいは袖や目の前に落ちて来る毛虫を知らず踏んで、形もなく緑のぬるぬる状態になった毛虫に悲鳴を上げた経験があって、登校の朝は校内に頻繁に叫び声が響いた。

 

その日も同じだった。朝の毛虫騒ぎも昼休みのライラックの香りも。ちょった違ったとすれば、美咲が用事で早退したため、いつもなら早く給食を済まして美咲とグラウンドと繋がる階段に座って喋ったりする昼休みの時間を一人でグラウンドをうろうろして、いつもより早くクラスに戻ってトイレに行った事だった。

二階の隅っこにあるトイレはグラウンドに向かっていて、春はトイレの独特な匂いとライラックの漂う香りが程よく混じっていて、ライラックの溢れ出しそうな花が窓越で手が届くほど近かった。

私は一番奥のトイレが好きだった。トイレに来る人は近くから空いてるかどうかを確認するわけで、まっすぐ奥まで行く人はほとんどいないし、奥のトイレは何だか気味悪いという噂がクラスの中で暗々裏のうちに広まっていて、奥のトイレが閉まっている事はめったにないのも気に入りだった。

しかし……その日は……何かが違った。いつも通り、まっすぐ奥のトイレに向かった私は珍しく閉まっているドアの前で異様な何かを感じた。ノックをしても返事はなく、胸騒ぎを抑えながらドアを開けたその瞬間、私は生まれて初めての恐怖に覆われた。

眩しいほどの光の中、便座の下に置いてある上靴とぶら下がっている白いソックスが目に入った。あまりの驚きに声も出なかった。代わりに、大量の涙が溢れ始めた。身動きもできず、トイレの前に倒れている私に人が集まった。

早く見付かった事と一息に駆けつけてくれた保健の先生のお陰で彼女は命を取り留める事ができた。その彼女の顔を私は見る事が出来なかった。

その日以後、私は高熱で学校を休んだ。高熱の中、ずっと目に浮かんだのは光だった。トイレのドアを開けたその瞬間……私の目に一気に入り込んだあの光。その眩しさが私の脳裏にあまりにも深く刻印されていたらしく、私が真夜中にもかかわらず「眩しい、眩しい」とずっと呟いたと母が話してくれた。

病院から『心因性発熱』と言い渡された私の熱は五日近くでやっと下がったが、食欲不振と不眠症が続いて1か月近く学校は休んだ。その間、私は自分もびっくりするほど性格が変わった。

やんちゃだった子が母にひどく叱れて、その後、殴られてばかりになったという話もあるが、私は反対だった。心細く、人見知りだった私は強くなった。厚かましくもなった。

先生を含めクラスのみんなは私のその変化に戸惑う様子だったが夏休みが近づく頃にすっかり慣れた。私は見えない何者かによって「ガラスの仮面」をかぶらせたのかもしれないと思う時もあった。

私に命を救われた彼女が誰なのかは……結局……分からなかった。先生もクラスの友たちも母も私に教えてくれなかった。春のトイレ事件は時間の流れと共に徐々に闇の裏に沈んだ。

 

たまに考えた。

―彼女はどっちなんだろう。私のお陰で助かってもらった? または私のせいで死ねなかった?

一方、私は彼女のお蔭で美咲が転校してからも何とか力強く生き伸びる事ができたかもしれない。ある意味では、私が彼女に助けられた気がした。

 

3

 

卒業式は校長先生の式辞が話題を呼んだ。

「……今日は帰りに校庭のライラックの葉っぱを一葉持って帰って、一番好きな本のしおりにしてみてください。これから……みんなさんの未来は大きな可能性と共に様々な悩みや混乱が待ち受けています。

その一番先……大変と思う日に、今日持ち帰ったライラックの葉っぱを本から出して、口に入れてゆっくり齧ってみてください。青春はライラックの花のように甘い香りのイメージがありますが、青春の真っ只中はライラックの葉に似て味がするのです……」

 

その日の夜、私は学校から持ち帰ったライラックの葉っぱを取り出した。別に悩みはなかったが、どうしても青春の味が知りたかったのだ。ライラックの葉っぱを口に入れて齧ったその時だった。何とも言えない強烈な苦みでそのままライラックの葉っぱを出してしまった。何回もうがいをしてもその匂いは消えなかった。

母はその私に微笑んで話した。「ライラックの花言葉が何か分かる? 「青春の思い出」なの。青春って……甘くて苦いものね」

 

卒業式の夜、ライラックの葉っぱを齧ったのは私だけではなかった。後で知ったのだが、卒業生の殆どが高校に入るまでにライラックの葉っぱの苦みを知ってしまったらしい。

校長先生の考えより遥かに早く私たちは既に青春の真っ只中に進入していた。

 

  4

 

美咲から初めて連絡が来たのは美咲が京都に戻ってから二年近く経ってからだった。美咲から届いたゆうパックには『さがのシルクロード』と書いてある手提げ袋と小さなボックスの中に可愛らしい人形が入っていた。

美咲によるとあの人形は『繭人形』で、「ハッピーガルー」と「ラッキーボーイ」の名前が付いているらしい。

 

<莉、久しぶり。顔も見る事が出来ず、京都に帰る事になってごめんね。連絡しようと思ったけど、何だかバタバタしてて。私、この前、引越ししたけど、部屋の窓から桜がたくさん見えて、本当に綺麗なの。同じマンションの川村さんによると、ここ辺りは『天神川の桜並木』と呼ばれるらしい。あ、川村さんは私がお世話になる方やけど、とてもやさしくて、まるで、おばあさんのような存在なの……。

川村さんとこの前『あだしのまゆ村』というお店に行ったの。繭人形専門店やけど、本当にびっくりするほど、たくさんの繭人形が置いてあったの。同じ人形を私も買ったけど、手作りやから微妙に顔は違うよ。人生に『ハッピー』と『ラッキー』が味方してくれたら、最強だね>

 

その後、美咲からはよく手紙が届いた。封筒の中には嵐山のハガキが入ってたり、美咲が撮った嵐電や梅宮大社の猫の写真が入ったりする時もあった。

手紙にはいつも最後に<京都で一緒に大学に通おうね!>と書いてあった。私は美咲と一緒に大学を通う『ハッピーガルー』を想像しながら勉強に励んだ。

しかし、高校3年生の春、お母さんが急に倒れてしまった。長期入院になったため、病院と学校の生活が始まった。そんな私に、京都の大学に行く事はもう無理に決まった。

 

美咲から御朱印帳が届いたのはその頃だった。レターパックには最初のページに北野天満宮の御朱印が書かれている御朱印帳と病気平癒のお守りが入っていた。

<莉、お母さんが倒れたと聞いたけど、大丈夫?莉は兄弟もいないから本当に大変だと思う。私も一人っ子やから少しは莉の大変さが分かる気がするけど、そんな軽く……人の気持ちが分かるなんて、無理ですもんね。

私ね、川村さんとこの前、北野天満宮に行って、初めて御朱印帳を購入したの。それで御朱印ももらったよ。するとね、何だかすごく安心感が出て、心も落ち着いたの。

莉の事を思い出して、私と同じ御朱印帳を購入して、御朱印をもらったから送るね。これから、お寺と神社をたくさんお参りして、貰った御朱印を莉に送るから、御朱印帳に貼ってくれる?今……莉は大変な時期だと思うけど、私が送る御朱印が少しでも莉の心の和らぎになれる事を願う……>

 

私は知っていた。本当かどうかは判らないが、私より大変なのは美咲の方だという事を。美咲が京都に戻ったのはお母さんが危篤という連絡が来たからで、美咲の実のお父さんは美咲のお母さんも知らなかったらしい。

美咲とはあんなに仲がよかったのに、小学校の参観日や卒業式、中学校の入学式に美咲と一緒だった人が美咲のご両親ではなく、お母さんのお姉さん夫婦だった事を美咲が京都に戻ってから知った。

それで思った。クラスの誰よりも明るくて、よく笑った美咲は物心ついた時からずっと「ガラスの仮面」を被っていたのかもしれないと。

 

 

初めて御朱印が届いてから、間もなくして美咲から松尾大社の山吹限定の御朱印と山吹が描かれている可愛らしい鈴のお守りが送られてきた。

 

<松尾大社は川村さんと初詣に行ってから、よくお参りするようになった神社なの。お酒を造る神様で親しまれているけど、実は京都で最も古い神社の一つだって。

今……松尾大社には山吹という黄色い花がたくさん咲いているの。そのビタミンカラーを莉にお届けしま~す……>

 

 

御朱印をもらうところか、御朱印が何かも知らなかった私はいつの間にか美咲から届く御朱印を楽しみに待つようになった。書置きの御朱印は季節限定の御朱印も多く、無心に御朱印を眺めるだけで心が和んだ。

 

翌年の春、私は入学金と授業料の免除を受けて、地元の大学に入学した。母は私が京都の大学どころか、考えもしなかった大学に自ら入った事が残念でならないようだったが、私はそれが今できる最善の選択だと思った。もちろん、母の病気のせいでこうなったと母を睨む事もなかった。

元々性格が明るく町内会でも頼りになっていた母は病院でも看護師さんに人気があって、同じ病室の患者さんともすぐ仲良くなった。学校帰りに病院に寄ると、お見舞いではなく、遊びに来たような気持になったりする時もあった。

手術の経過は順調だったが、母は片手と片足に麻痺が残ってしまい、リハビリ専門の施設に転院する事になった。いつも強く明るかった母は自分の体が思うように動かなくなった時、一瞬、落ち込んでいるかのようにも見えたが、すぐ笑顔を取り戻した。母にも自分の『ガラスの仮面』があるのだと……その時、私は初めて感じた。

 

一年半に及ぶ懸命なリハビリのお蔭で、母は杖に支えながらではあるものの……一人で外出できるまで回復した。やっと何もかもが落ち着いたとホッとしたその時だった。

母は私に「京都の大学院に通ったら?」と話してくれた。自分のせいで当然入るはずだった大学よりかなりランク下の大学を選んだ私の事がずっと心残りだった母は「これからは自分がやりたい事をやっていいから」と背中を押してくれた。

 

5

https://travel.rakuten.co.jp/mytrip/trend/hotaru

京都に帰ってからよく蛍の夢を見た。北海道での楽しみの一つは『蛍まつり』だった。レイとレイのお母さんとは一回だけ一緒に観に行った事があった。その夜の「幽鬼めいた蛍の火は、今も夢の中にまで尾を曳いているようで、眼をつぶってもありありと見える」のであった。

蛍の光は息をひそめて進んだあの真夜中の道にも、射的でもらった景品にも、一緒に食べた屋台の団子にも微かに残っていた。

引越ししてから、天神川沿いをよく散歩するようになった私は家の帰りにも天神川沿いを歩いたり、ベンチに座ったりする時が多かった。その時、目に入ったのが「いつかホタルと夕涼み いつかハダシで川遊び」と書かれている看板だった。

 

 

ホタル(・・・)……天神川にも蛍があったんだ。何だかすごく嬉しくなって、その足で、川村さんに天神川の蛍の事を訊いた。すると、部屋の横を流れる天神川にも……もっと上流の一条橋にも……昔は蛍が飛んだと話してくれた。

 

さすかに今は蛍を見る事はできないが、数年前から「天神川に蛍が戻れるようにしたい」という声が上がって、川村さんと知り合いの人たちが中心となって、「天神川・ホタルの会」というボランティア団体を立ち上げたという。

最初はあまり共感する人がいなかったものの、昨年、京都の蛍をテーマにした短編集が予想外のベストセラーになった事がきっかけで、蛍に関する関心が高くなった。

本の著者は京都をこよなく愛する事で知られる、二の瀬エルムで本のタイトルは『天神川でホタルの夢を見る』だった。

七編の短編小説は、実際、京都で蛍を見かける事が出来る……下鴨神社と上賀茂神社、高瀬川と白川、嵐山と大覚寺、亀岡と大原、高尾を中心に書かれていて、梅小路公園と天神川は蛍が戻ってきた未来を設定して物語が進んでいた。

 

梅小路公園は蛍が急に増えた時期があって、『蛍観賞会』が開かれた時があった。蛍が好きだった川村さんは梅小路公園の『蛍観賞会』が大の楽しみだったが、数年後、『蛍観賞会』は中止になってしまった。しかし、梅小路公園の『朱雀の庭』には今も蛍出没目撃者が多い。

川村さんは梅小路公園の『蛍観賞会』が中止になってからは、『朱雀の庭』を含めて、京都のあらゆる場所に蛍を探しに行った。

その傍ら、川村さんは梅小路公園の『蛍観賞会』の再開のため力を尽くしたものの……その実現はできずに終わってしまった。

『天神川・ホタルの会』は川村さんと一緒に京都の蛍を探しに行ったり、梅小路公園の『蛍観賞会』の再開のため行動したりした人たちが蛍に対する思いを天神川に乗せて立ち上げたボランティア団体だった。

『天神川・ホタルの会』はその趣旨に共感を示した京都の老舗の好意でホームページを制作してもらった。ホームページには誰でも京都で見つけた蛍に関する情報と写真を載せれる掲示板とギャラリーを含め、川村さんが十年以上に渡って自分の足で見つけた蛍の種類と場所が詳しく載せていて、蛍愛好家にも人気があった。

二の瀬エルムが蛍に関する連作を書くきっかけとして「京都の図書館で偶然手に取った市民新聞で『天神川・ホタルの会』に関する記事を読んだ事」と共に「『天神川・ホタルの会』のホームページがなかったら『天神川でホタルの夢を見る』という本は生まれなかったかもしれない」とまで本の「あとがき」で明かした事で、『天神川・ホタルの会』は一躍注目を浴びる事になった。それに、今年からは企業からの支援を貰える事が決まった。

「このまま順調にいけば、あと数年後には天神川に蛍が戻るかもしれない」と川村さんはすこし期待をしているよう見えた。

一方、毎年、夏の大雨で川の水質を綺麗に保つための管理が大変らしい。

川村さんになぜ蛍のためボランティア団体まで作ったのかと訊いたら、蛍に関する思い出を語ってくれた。

 

   *

今から凡そ六〇年も前の事。結婚の日が決まった事もあって, 久々友たちの家に泊りに行く事になった。仕事帰りだったので、友たちの家がある亀岡に着いたのはもう夕暮れ。亀岡駅から出て少し歩くと、目の前の山が蛍の光でいっぱい……まるで、星の山のように輝き始めた……。

あまりにも綺麗で涙が出そうぐらいだった。友たちと会ってお店で晩御飯を食べながら、蛍の事を話すと、「せっかくやから寄って帰ろうか?」と話してくれて、もう一回蛍を見に行く事になった。

すると……今度は山だけでなく、あぜ道を挟んだ畑にも数えきれないほどの蛍が夜空の星のように点滅していた。

蛍の中には手に、髪に止まって幻のようなその光を見せてくれるのもあった。

畑には冬を通して硬くなったねぎがそのまま置いてあって、既に花が咲いていた。そのネギを手に取って、ネギ坊主の中に蛍を入れて歩くと、揺れる手に合わせて灯りが揺れた。

家に持ち帰った(六〇年前は蛍狩りもあったように蛍を持ち帰るのができたが、今は禁止と決まっている)蛍を寝る前に部屋のカヤの外に放しておくと真っ暗の部屋を微かな光が動いていく。その光を追いながら、友たちとの話に夜が更けた。

その夜はいまだに鮮明に覚えている。あの日の「星の山」は本当にきれいだった。蛍の光にはイルミネーションでは感じられない眩しさと切なさがある。

 

   *

 

蛍の思い出を語る川村さんの顔は一瞬……六〇年前のあの夜に戻ったかのように見えた。私の蛍対する思い出もその思い出が今を支える力になっているという点では川村さんの思い出と似ているかもしれない。

「蛍狩と云うものは、後になってからの思い出の方がなつかしいよう」と谷崎潤一郎は『細雪』で書いてあるが、まさにそうかもしれない。

蛍が発する……その儚く優しい光は、おそらく……この先もずっと私と川村さんの人生を暖かく照らしてくれる永遠に消えない光だろうと川村さんの話を聞いて、尚、しみじみと思うようになった。

 

6

 

『GRILL CAPITAL 東洋亭』でランチを済ましてから、美咲と八条口方面に出た。バス停に着いた時、美咲が嘆声を上げた。

「莉…見て!」

見上げた空には太くて長い飛行機雲が何個も青空に白い線を引いていた。飛行機雲は消える事もなく、次々と新しい飛行機雲が現れ、空をゆっくりと走った。

飛行機雲が長く残ると天気が下り坂になるという話を思い出して、雨雲レーダーを確認すると明日の午前中から傘マークがずらりと並んでいた。

「明日、雨だね」

「そうかもね……。でも明後日は晴れそうやから、一日ゆっくり休んで、そこから京都巡りしたら、むしろ最高じゃない?」

美咲にはネガティブをポジティブに変える才能がある……といつも思っていた。それは今も変わらなかった。

美咲と私はバスが来るまで飛行機雲を眺めた。

 

  6

 

七一番バスは八条口から出るので、人は割と少なかったが、重そうなキャリーバッグを横に置いている人が多かった。来月は私もそうだろうと思った。

今回の京都は一週間の予定で、本を含めて今回使うものは宅配で既に美咲に送ったため、荷物はない。しかし、ゴールデンウイークが過ぎたら、京都で住む事になるので、二回目の京都は荷物も多くなるはずだ。

「帰る前にちょっと寄りたい所があるけど、疲れてない?」美咲が訊いた。「うんうん、全然大丈夫よ。私さ、ここ二年間はバイトもずっとやってたから、いきなり、ゆるくなって、力が余ってるわけ」美咲が「へえ……」と微笑んだ。

バスの中で、京都駅のふたば書房で購入した『市バスで巡る京都』というガイドブックを広げていた私は今乗っている七一番が東寺を通る事に気づいた。

「五重塔って…バスの中からも見えるの?」

「見えるよ!」

「そうなんだ」

胸を踊らせながら窓を眺めると、目の前に巨大な五重塔が現れた。ちょうどハズが信号待ちというラッキーにも恵まれ、じっくりと五重塔と目を合わせる事ができた。バスが曲がると五重塔は見えなくなった。バスは九条大宮を過ぎて、東寺東門前に進んでいた。

「五重塔…本当に迫力満点だったね!バスの中で世界遺産が見られるなんて!本当にすごいね!」

「運がよかったよ。信号にかからなかったら、あっという間に過ぎてしまうんだから。あ、左の青々した所、見えてる?ここは梅小路公園……」

「ここが、あの……梅小路公園か……」

 

 

梅小路公園は青木が美咲に初めて話をかけてくれた場所だった。

 

「……お友たちとは楽しい時間を過ごしていますか?この前も話したように、答えは急がなくていいので……。来週、連絡ください」

「わざわざ、ありがとうございます。それでは、これで……」

ランチを待っているタイミングでかかってきた電話は劇団「和顔愛語」の青木和夢(かずむ)からだった。

 

彼は昨年、川端康成の『古都』の舞台化に成功して大きな話題を呼んだ演劇界の若き新鋭だった。京都を舞台にした芝居が彼のトレンド―マになっていて、今は『天神川でホタルの夢を見る』という小説を舞台にするため、『天神川でホタルの夢を見る』の著者である二の瀬エルムとの打ち合わせが多く、美咲も一回その打ち合わせに参加した事があるという。

電話で青木が話した「答え」とは次の作品と関係があるらしいが、美咲はそれ以上は話してくれなかった。

 

 青木と美咲の出会いは偶然だった。毎週金曜日のゴールデンタイムに全国放送のバラエティー番組『サプライズ!のど自慢』が梅小路公園で撮影があった時、美咲も青木も梅小路公園に来ていたのがきっかけだった。

全国の公園で予告なく現れて公園を訪れている人々を対象にのど自慢を開催し、優勝者には賞金5万円が渡される『サプライズ!のど自慢』は視聴率ランキングで常に上位に入っていた。番組の中で歌われる曲の中にはカラオケボックスの伴奏に入ってないレア―曲もあったりして、稀に伴奏なしで歌う人が賞金をもらう時もあった。

美咲もそうだった。美咲が歌ったのはあまり知られてない『Chelsia My Love(愛のスザンナ)』という映画の挿入歌『One Summer Night』だった。賞金目当て気軽く参加した美咲だったのが、青木は美咲の可能性にすぐ気づいた。

その場で美咲に声をかけて、名刺を渡す青木を美咲は既に知っていた。劇団「和顔愛語」の公演を何回か観に行って、青木に好意を持っていた美咲は大学を卒業後、劇団「和顔愛語」に入団した。

 

美咲と私はバスの終点、『松尾橋』で降りた。少し歩き続けると横断歩道の向こうに橋が見えた。『松尾橋』と書いてあった。

「この橋を渡ると松尾大社なの」

美咲が橋を半分ほど渡ってから足を止めて、川を眺めながら話した。私も隣に立って一緒に川を眺めた。川の流れが優しく感じた。

「『山吹まつり』の松尾大社でしょう?」

「うん。ここからも見えるよ。あそこの大きな鳥居」

「松尾大社の山吹の鈴のお守り、いつも付けてるよ。ほら、ここ」

莉が山吹の鈴のお守りを鞄に付けていた事は、もう気づいていた。今年の松尾大社の山吹は平年より早く開花が始まって、この前行った時はほぼ満開だった。

「松尾大社には御衣黄桜という緑色の桜も綺麗のね。八重桜と御衣黄桜も満開やから楽しみにしてね」

「桜ってピンク色じゃないの? 私、緑色の桜って、見た事ないけど」

「そうでしょう? 京都には緑色の桜が結構あるの。そういえな、北野天満宮にも行かないと。巫女さんにはなれなかったけど、北野天満宮にもよく行くよ。北野天満宮には日本に一本しかない北野桜があるの。緑の桜は北野天満宮から近い平野神社と千本釈迦堂にもあるから、『北野桜と緑桜ミニツアー』決定だね」

「楽しみ!」

「あ、莉、あそこ! 横断歩道からまっすぐ繋がる道」

美咲の指先が先渡った横断歩道を指していた。

「あの道をまっすぐ進むと嵐山だよ。今度、自転車で行こうね。来週ぐらいかな。道端に菜の花がたくさん咲くからとても綺麗よ。帰りは……」と今度は美咲の指先が少し先の橋の下の方を指していた。

「……嵐山東公園を通って帰ろうね。鳥のさえずりがとても気持ちいいよ。あ、川村さんの畑はあそこ……」と美咲は橋の左側の向こうに視線を向けた。

ここから少し離れている所に『上野橋』という橋があるけどね、その橋の周辺に畑が沢山あるの。川が近いからかマムシも出る時もあるらしく、川村さんは何回もマムシを見たんやって」

「え! マムシって、嚙まれたら死ぬやつでしょう?」

「さすかの川村さんも怖かったらしく、マムシに『来ないで来ないで』と何回も頼んだらしい。そうしたら、マムシが川村さんをずっと眺めて、そのまま何処かに帰ったんやて」

「え……」

「何回か一緒に畑に行った事があるけど……川村さんはよく野菜にも話しかけるから。『明日は雨やから今日は水やりしへんからな』とか『あら、すまへん、気づかなかったわ、枝が折れとったね』と。本当に人にも野菜にもお優しい方だと思う……」

 

「そうだ……面白い事、思い出した……」

「なに?」

「この橋の下を流れる川は桂川だけど、嵐山からは大堰川、その先は保津川と呼ぶのね。同じ川なのに不思議でしょう?」

「そういえば、鴨川と賀茂川も同じ川なのに名前が変わるとか……何処かで読んだ事がある。同じ川なのに名前がゴロゴロ変わると覚えるのも大変だね」

 

桂川だけでなく、京都には同じ川なのに流れる場所によって名前が変わる川が多い。

 

その体表的な川が上賀茂神社の境内を流れる川である。「鴨川が上賀茂神社に入り『御手洗(みたらし)川』となり、桜門の前で『御物忌(おものい)川』と合流して『楢(なら)の小川』に名前を変えて流れるが、境内を抜けると今度は『名神川』となる」のである。

天神川もそうで、「北区の鷹(たかが)峯(みね)千束町以南は『天神川』、その上流は『紙屋(かみや)川』と呼ぶらしいが、北野天満宮辺りまでを紙屋川と呼ぶ人が多い。

 

「本当、そうだよね。何ででしょうね。川の名前がその川の流れる場所によって変わるのも『京都あるある』かな?」

「『京都あるある』……面白い!」

 

「今度は別の『京都あるある』だけどね、京都の人は『マイ桜』と『マイ紅葉』を持っているという話があるの。私はあまりにも気に入りの桜と紅葉が多くて未だに一つに絞れないままだけど、莉は来月から京都生活がスタートしするから、ゆっくり探してみたらどう?」

「マイ桜……マイ紅葉……素敵ね。私も自分だけの……マイ桜とマイ紅葉を見付けたい!」

 美咲と私はその後、橋を渡って松尾大社に向かった。松尾大社で私は早くも「マイ桜」候補①を見付けた。

 

  7

 

天神川桜並木はまさに桜のトッネルが永遠に続くかのような道だった。そのトンネルの中に立つと空が見えないほどピンク色が広がっていた。美咲の部屋は公園から近いマンションだった。ベランダと二階までの外壁が翡翠色で、四階だと満開の桜が手に届くかのように見えた。

四〇三と書かれたドアを開ける美咲の後ろで私は何故か胸騒ぎがした。美咲の部屋に入った瞬間、私の目に真っ先に入ったのは窓越の桜と光だった。手を伸ばすと届くかのように桜の枝が近かった。その桜のすき間に差し込む夕日で部屋の中には一直線の光の道が出来ていた。

窓、手に届くかのような桜、注ぐ光……どこかで見た事がある風景だと思った。そう……桜をライラックに変えるとその風景はあの日の昼休みの風景だった。

光の中、ぶら下がっていたあの白いソックスは美咲の足だった事が分かった。

「あの時……美咲だったの?なぜ……」

 

  *

 

母から連絡が来たのはあまりにも急だった。私は母の笑顔を見た事がない。もしかしたら、私は生まれて間もなくして自分が誰からも愛されないモノ(・・)だという事に気付いていたのかもしれない。顔を覚えきれないほどお父さんが変わっていく中、泣いても誰も来てくれない事に慣れ始めた。それからは泣かなくなった。代わりによく笑うようになった。悲しいほど笑顔が増えた。

 

常に知らない男と一緒だった母は結局……シングルマザーとして私を抱えて生活するようになった。援助が途切れてしまった母は私を保育園に入れるため、パートを探して、働く事になったが、長く続く事はなかった。

いつも疲れ切った顔で迎えに来る母の顔を見るのが苦しく感じるようになったあの日だった。いつものように帰りにお店で買った半額シールが貼っているお弁当とおにぎりを食べながら母が私に話した。

「美咲、ママと一緒に死んじゃおうか……」

「……」

私は何も言えなかった。泣くのをやめたのに……と思うも涙が出た。死ぬ(・・)という事が何を意味するのかはよく分からなかったものの、――私、捨てられちゃうかもしれない……と思うとさすかに笑えなかった。

私を眺める母の目はいつもと同じく……曇っていた。おにぎりは食べきれずに残してしまった。

その日の夜、母は姿を消した。

 

一人残された私は児童養護施設『青柳園』で見知らぬ人達に紛れて初めて笑顔に出会った。その笑顔は暖かく、輝いていた。

これで良かった……もっともつと早く私を捨ててくれればよかったのにとまで思った。

『青柳園』に伯母が私を探しに来たのは私が小学校2年生の春だった。私は母にお姉さんがいる事すら知らなかった。伯母は母と違ってとてもやさしそうな印象だった。伯母は私をぎゅっと抱きしめて……深く泣いた。私はこれから伯母が私の母代わりになる事が分かった。

 

  *

 

「美咲、あの時、何があったの?」

「莉、私のせいで大変だったでしょう。本当に申し訳ない」

「……過ぎた事だし……。私は美咲のお蔭で強くなったよ。私から感謝しないと。でも、これだけは言っとくね。二度としないで」

「ここの部屋、私も初めて入った時はびっくりしたけど、これも何だかの縁だと思うようになったの。『あの時のあなたが犯した間違いをこれからは二度とやるな!』という神様からの道標と言うか……」

「美咲、なんで、あの時はそこまでしないといけなかったの?」

 

  *

北海道での新しい生活はまるで夢のようだった。後で知ったのだが、伯母は戸籍もなかった私を養子に入れてくれた。(そのため母を探すのに相当苦労したらしい)

友達もたくさんできて、学校も楽しく、いつも心の奥に潜んでいた「生まれてこなければよかったのに」という自責感は徐々に消え、「生まれてきてよかった」と心から思うようになった。

そんな矢先に「母から「私と京都で一緒に住みたい」と連絡が来たのだった。

自責感を背負わないといけないあの生活には絶対戻りたくなかった。今度はどんな人がお父さんだと私を迎えてくるのかも怖かった。母の曇った目先、私に発する毒説が蘇ってきた。京都に戻ったら……今度こそ母と一緒に死ぬかもしれないという恐怖もあった。

ならば、私……ここで死にたい。生まれて一番幸せな今……ここで……と思った。莉が学校の奥のトイレが好きという事は知っていた。死ぬとしたら、莉が私を最初に見付けて欲しいと思った。

 

  *

 

「美咲、お母さんは……」

「今……地獄で苦しんでるじゃないかな……。母が伯母に連絡したのは自分が長くない事が分かって、私に謝りたかったからだったのね。それを私が勘違いしてしまって……。あの時、私を莉が見付けなかったら、母は本当につらい思いをして死んだと思う。僅かな間だったけど、母は私に会えて、私に謝る事が出来て、それでよかったと思う。母の笑顔を見たのは最初で最後だったけど、嬉しかった。私は母を許すことはできないと思うけど、莉のお蔭で私も母も助かったと思う。その恩は死ぬまで忘れないから」

「……」

「私ね、莉のお母さんが大好きだったの」

「それは何となく知ってたよ。母も美咲の事をすごく気にしてたよ。私を京都に行かせたのも美咲を支えて欲しい願いが込まれていると思う。まさに、『ガラスの仮面』の麗とマヤのように……」

 

「莉のお母さんから『ガラスの仮面』が届いた時はびっくりしたよ。ほら、あそこ。本棚いっぱいでしょう。半分はまだ段ボールの中に置いてあるけど、今もよく読んでるの。私が演劇でここまできたのは莉のお母さんの影響が大きかったと思う」

「母は美咲がドラマにまで出るようになってとても喜んだよ。美咲が出たドラマはすべて録画して何回も繰り返して観てるの。母も長い間、演劇をやってたから、誰よりも美咲が才能があると分かったと思う。母はお父さんを支えるため、演劇を諦めて、安定した仕事に就いたのね。母は自分が叶えなかった夢を美咲から見ている気がする。母には感謝しないと……」

「今思い出したけど、東洋亭の『丸ごとトマトサラダ』……莉も莉のお母さんも大好きだったね」

「そうそう。美咲から私の誕生日プレゼントで『丸ごとトマトサラダ』のソースをもらった時は私より母が喜んでたよね」

「初めて、美咲の家であのトマトを食べた時はなに(・・)これ(・・)?と思った。家に帰って母に『丸ごとトマトサラダ』の事を話したら、次の参観日に莉の伯母に(その時はお母さんと思ったからね)話をかけて、それで二人も仲良くなったもんね」

「あのお店は私が北海道に行く時、伯母と一緒に行ったお店なの。生まれて初めての外食……とてつもなく美味しかった」

「大事な思い出だね。今日はありがとう。その大事な思い出の場所にわざわざ連れて行ってくれて」

「一口で食べちゃうのかなと思うぐらい食べるの早かったね」

「からかわないでよ。思ったより量が少なかっただけなの!ハンバーグステーキもベイクドポテトも本当に美味しかった。トマトサラダのソースも三つ買ったから北海道に帰ったら母が喜ぶわ」

 

「莉……あのさ、今になってどうかと思うけど……」

「何?」

「ごめんね。私……あの時、嘘をついたの」

「うん?」

「私ね、北野天満宮には行った事なかったの。北野天満宮に行ったのは京都に戻ってからなの。巫女さんが梅を収穫するのをみたのは『青柳園』で生活した時、ボロボロになった新聞だったの」

「そうだったんた。でも、よかったよ。その嘘のお蔭で美咲と仲よくなったから。些細な嘘が人生を大きく変える事もあるのね」

「そう言ってくれてありがとう。嘘はそれだけよ。あ、伯母を母と呼んだの例外にして……」

「ハイハイ……ご心配なく」

 

  8

 

玄関のベルが鳴ったのは私が美咲の机に置いてある「ハッピーガルー」と「ラッキーボーイ」を手に取って、その顔を見つめている時だった。川村さんだった。

 

京都に戻って、私はおばあさんと住む事になった。しばらくは伯母も一緒だったが、母の葬式を終えて伯母は北海道に戻った。おばあさんの家は太秦で、家の近くに『蛇塚』があった。

 

 

自転車の通りかかりで、偶然見つけた蛇塚は閑寂な住宅街に異様な力を発しているかのように感じられた。おばあさんの話によると、母は子供の頃、蛇塚が好きで、よく中で遊んだらしい。今は柵に囲まれていて、中に入る事はできないが、昔は中まで入る事ができたとも話してくれた。一回だけ、蛇塚で大きな蛇がいたよ! と話す母に、「そんなウソをついたらアカン!」と叱ったという。

母は蛇塚で本当に蛇を見たかもしれない。なぜか、そんな気がした。母の影響なのか、私は蛇が嫌いではなかった。学校の花壇の掃除や花の入れ替えなどで出てくるミミズも素手で持ち上げる私にみんなキャキャーと悲鳴を上げた事もしばしばだった。母の事は決して好きではなかったが、蛇塚を見て、唯一、母との共通点が見つかったと思うと……うれしかった。

おばあさんはおじいさんが定年してから一緒に畑を始めたらしく、一人になった今も朝と午後は毎日のように畑くのが日課になったいる。畑は上野橋を渡ってすぐで、住宅街の畑では感じられない田園風景が延々と広がっていた。おばあさんはあの畑で川村さんと出会った。

 

「北海道のお友達はきはった?」

「私が話した、大家さんの川村さん」

「初めまして。美咲がいつもお世話になっています。中島玲です」

「おいでやす。京都はええやで。ようきはりましたえ」

「ありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします」

「私の部屋は山本さんの部屋と隣やさかい、何か気になる事があったらいつでも聞いたらええ。あ、忘れとったわ。これ、採りたて。今畑から帰った所やんけ。お友たちに美味しいもんつくってあげな」

「いつもありがとうございます」

グレーのショットカットがとても似合う川村さんはその髪色が優しさを増しているかのような印象の方だった。

「川村さん、美咲が話した通りだね。優しくて、おしゃれ」

「そうでしょう。私、昔の写真を見せてもらった事があるけどけど、平安神宮で式を挙げる写真があって、とても綺麗だったよ」

「え! 平安神宮で結婚できるの?」

「京都では結婚式ができる神社やお寺が多いよ。北野天満宮や松尾大社もそうやけど、世界遺産の上賀茂神社や清水寺でも結婚式ができるよ。あまり知られてないけどね」

「すごいね。私も京都の神社で結婚式上げたいな」

「……今から候補の神社を探す傍ら、私と一緒に京都の神社仏閣巡りしましょうね」

「そうだよね、まずは下見だね」

 

  9

 

その日の夜。私は夢を見た。夜中に私は部屋を出て天神川沿いに立っていた。すると微かな光が近づいてきた。その光は徐々に増え続けた。真っ暗だった天神川はイルミネーションの点灯が始まったかのように眩しく光り始めた。その光景は晩ご飯を食べながら美咲から聞いた、川村さんが亀岡で見たという『星の山』に似ていた。その光が映っている川はまさに……『星の川』だった。

いつの間にか美咲が隣で笑っていた。川村さんの顔も見えた。

「天神川の蛍……やっと戻ってきたのね」

蛍の舞は神聖な神楽のようにも見えた。

「本当に綺麗ね」

「明日は松尾橋を渡って、松尾大社にお参りして、嵐山の法輪寺に行こうね。今なら、大舞台からの桜に囲まれている渡月橋が見えるからとても綺麗よ」

「桜?」

「うん。今、京都は桜が満開よ」

「……今……春なの?春なのに蛍?」

 

いきなり蛍の光が消えた。美咲も川村さんもいなくなった。真っ暗の中、川の流れる音だけが静かに聞こえた。

「美咲? どこなの?いたずらしないでよ」

その瞬間だつた。無数の蛍の群れが私の方に一斉に飛んできた。それは、真夜中の儚く優しい光ではなく、目が焼けそうな痛みまで感じさせる強熱な光だった。

その光は高熱が下がらなかったあの時、真夜中に私が見た光と似ていた。熱が下がってからも一年近く、日差しを浴びる事が出来ず、体育の時間はいつも見学だったあの頃、光は私にとって恐怖そのものだった。

「莉、大丈夫?」

「美咲……」

「どうしたの?」

「光が……あの、ホタルの蛍が……」

ふと周りを見ると、目の前に星空が広がっていた。絶えなく点滅する星々は「大丈夫」と私に優しく囁いてくれた。美咲の事、母の事、大学の事が次々と過ぎていた。涙が出た。

 

泣きながら……目が覚めた。時計の針は二時を回っていた。カーディガンを羽織って、ベランダに向かっている部屋の窓をゆっくり開けた。冷たい風が流れ込んだ。京都の春の真夜中の風は思ったより冷たく感じた。

窓から見える月は綺麗だった。月の光にホタルの光の残像が重なった。重なったその光の下で、満開の桜が静かに花びらを散らせているのが見えた。闇に散る桜は涙に似ている感じがした。

 

その時だった。穏やかだった夜の風が急に強くなった。静物のように静まっていた外の風景が一変して変わった。風の音と桜の花びらが散乱しはじめた。行先を見失った桜の花びらが一片……夜空を舞い上がり、窓に滑り込んで、手のひらに安着した。ふと、窓の外に目を向けると無数の小さな明かりが灯り始めた。

※学習発表会の『走れ、メロス』朗読劇について

『心をはぐくむ小学校劇』(小峰商店)

朗読劇「信は真なりわれは信じる」脚色・山本茂男 を参考にしました。

 

※蛍に関する引用について

「蛍狩と云うものは、後になってからの思い出の方がなつかしいよう」

「幽鬼めいた蛍の火は、今も夢の中にまで尾を曳いているようで、眼をつぶってもありありと見える」

『細雪』(中公文庫)谷崎潤一郎 から引用しました。

 

※京都の川の名前に関する内容は以下の本を参考にしました。

①天神川

『京都市の地名』(平凡社)

②桂川・名神川

『京都の山と川』(中公新書) 鈴木康久・肉戸裕行