kyotostory🌸

あなたの知らない京都

ダイソーの創業者矢野博丈さんの訃報に思う・ダイソーがくれた幸せ

ダイソーはお好きですか?私からだと韓国に行ってもダイソーは欠かせないダイソー好きです。

でも、ダイソーは好き嫌いではなく、生活の一部で、いつも隣にいて当たり前の存在というのが似合う気がします。

なぜ、いきなりダイソーの話なのか…。今朝、偶然…テレビの番組(めざまし8 ・フジテレビ)からダイソーの創業者である矢野博丈(やのひろたけ)さんが12日にお亡くなったという事を知ったからです。享年80才でした。

今回の投稿はダイソーに関する内容になりますが…ご了承ください。

めざまし8 ・ダイソー

ダイソーは生活に欠かせないほどお世話になっておりまして、たまに、こんなにありがたいダイソーをどのような方が作ったのだろうと考えた事はありましたが、ネットでググった事もなく、ただただありがたい思いだけでダイソーに頼っていたわけで、今朝の番組はショックでした。

 

番組では矢野博丈さんの波瀾万丈の人生も取り上げていて、矢野さんは20代の10年間で10回も転職を続け、その中には夜逃げもあり、火事にあってすべてを失った事もありました。その10年間、心の中に溜まった鬱憤に耐えながら矢野さんが1972年に創業したのがダイソーなんです。

 

矢野博丈はダイソー創業を境に大きな決断を下します。それは自分の名前を捨てる事でした。矢野博丈という名前は実は改名で本名は栗原五郎。矢野は奥さんの名字、博丈は姓名判断でもらった名前だそうです。

 

人生って、名前だけ変えてすべてが順調に進むわけではありません。矢野博丈さんは常に手のひらに「わしはダメだ」と書いていたそうです。人は自分が恵められると気づいた瞬間力が抜ける…だからこそ、そのようにならないよう常に自分を警戒したと言います。

 

ダイソーの初めての外国進出が台湾だった事もテレビを観て知りました。今は25の国にダイソーの店舗が進出しているという事。

矢野博丈氏さんのお言葉

「アミューズメントのような店にしたかった」

「100円だったからこそ成功した」

「在庫を恐れるな」

「商いは飽きない」

「しんどい事があってもありがとうと言う」

「『ありがとう』という言葉は魔法の言葉」

ダイソーの経営は常に「飽きさせない戦い」だったと言います。それゆえの「商いは飽きない」との経営を貫いた矢野博丈さん…本当にお疲れさまでした。ありがとうございます。

ご冥福をお祈り申し上げます。

こんなに使っていた!・ダイソーギャラリー

玄関先で出会う小さな幸せ🌸

透明の棚を逆さにして本棚で使っています。すごく便利、おすすめです。好きな場所に張り付けるシートも長~く使っております。

 

五重塔とお家ライトアップ。

すべてダイソー😅

こんな使い方も。

ダイソー・大人のぬりえ

100円でここまでと思えるほど素晴らしいぬりえ。ハガキとしても使えるのがまたすごいと思いました。恐らく、今はダイソーには置いてないでしょう。

ダイソー・韓国商品

ダイソーには韓国の商品も多く置いてあるので、行く度買ってしまうのが難点とも言えますが、それもささやかな幸せ😊。この前はおうちグミブームで盛り上がりました。

韓国・ダイソー

数年前、韓国のダイソーで購入したイルミネーション電球。今もお家イルミネーションで使ったりしています。

桜のおうちベランダライトアップ。

ダイソー・畑

畑をやった3年間、野菜と花の種でどれだけダイソーさんにお世話になった事か…。二個で100円というありがたい値段で次々と種を蒔き、すくすく成長して収穫…本当に感謝です。

ダイソー・コスモス

畑をやらなくなって、少し寂しい感じだったので、たまにダイソーさんの花の種を蒔いたりしましたが、花はなかなか成功できず、昨年の秋、100円のコスモスに挑戦!したものの、蕾ができず、ほぼ諦め。季節は冬に入り、コスモスもそろそろとなるところで、蕾ができました。

枯れてしまうと思いながらも水やりをしたその先にはコスモスの頑張りもあって、花咲く日が待っていたのです。コスモスの花は見た事のないほと小さな花でした。写真は12月25日のコスモスの花です。花は年を越しても元気でしたが、徐々に枯れてしまいました。種から花まで…その長~いおつきあいに感謝です。

ダイソーの日

ハロウィーンやクリスマス、お正月の飾り物から様々なジャンルにおいて日常生活でかかせないダイソー。今日は何の日で「ダイソーの日」があるのではとググってみると案外まだないようです。まだ「ダイソーの日」がないのなら、「ダイソーの日」ができる事を願います。

ダイソー・ホームページ

ダイソー・ 50周年記念サイト