kyotostory🌸

あなたの知らない京都

京都の冬・教王護国寺(東寺)

昨日、東寺に行って来ました。東寺は毎月21日に開催される弘法市でも親しまれています。正式名称は教王護国寺です。

とりあえず投稿で、少しずつ追記予定ですので、ご了承ください。

おみくじ

幸運おみくじ

値段:200円

おみくじの中に縁起物が入っています。

綺麗な「水鏡」という素敵な名前の飴ちゃんに目が離せませんでした。

都七福神まいり

御朱印

 

後七日御修法(ごしちにちみしほ)・東寺

後七日御修法

鎮護国家、五穀成就、国土豊饒を祈る真言宗で最高の儀式。

御修法は、宮中の重要な年の始めの正月行事として、一日から七日までの七日間を神事、八日から十四日までの七日間を仏事で営み、後七日とは八日から十四日までの七日間の事で、この行事の名称を「宮中真言院後七日御修法」とも「真言院御修法」 とも呼び、通称は「みしほ」と親しまれています。

「後七日御修法」行列が終わった後、砂利道を綺麗に整える関係者の方がおりました…。敷砂の模様が枯山水庭園の漣(さざなみ)と似てて見えました。

枯山水 - Wikipedia

「後七日御修法」に関する詳しい情報はリンク先をご確認ください。

➞後七日御修法 - Wikipedia

司馬遼太郎・「東寺の御影堂の前で待ちましょう」

今年は司馬遼太郎(1923~1996)さんの生誕100年を迎えますが、東寺は司馬遼太郎さんと深い関りがある事をご存じですか?

司馬遼太郎さんは京都で待ち合わせの際、その場所は決まって東寺の御影堂だったようです。

御影堂の前には司馬遼太郎さんの「御影堂待ち」に纏わるエピソードが記されている掲示板が立っていました。

 
私は毎年、暮から正月にかけて京都のホテルですごす習慣をもっている。訪ねてくるひとに京都のどこかの寺をそのときの思いつきのままに案内するのだが、 たいてい電話での約束のときに、
 
―東寺の御影堂の前で待ちましょう。
 
ということにしている。
 
京の寺々を歩くには、やはり平安京の最古の遺構であるこの境内を出発点とするのがふさわしく、また京都御所などよりもはるかに古い形式の住宅建築である御影堂を見、その前にたち、しかるのちに他の場所 に移ってゆくのが、なんとなく京都への礼儀のような 気がして、そういうぐあいに自分をなじませてしまっている。空海に対する私の中の何事かも、こういう御影堂へのなじみと無縁でないかもしれない。
 
『古往今来』(中公文庫) 「司馬遼太郎が考えたこと8』(新潮文庫) 収録の「歴史の充満する境域」
 
(昭和五十一年) より抜粋

待ち合わせの場所を決めておくのはお互いにとってもいい思い出になるかもしれません。あの人と会う時はいつもあそこだったな。おそらく…司馬遼太郎さんは東寺の四季と共に人の顔が浮かねたのではないでしょうか。

これから、自分も待ち合わせの場所を優先順位で数個所、決めておこうと思う今頃です。

話しが変わりますが、司馬遼太郎記念財団(大阪府東大阪市)が昨日(11日)司馬遼太郎さんの生誕100年に合わせて好きな司馬作品アンケートを行った結果、「坂の上の雲」が1位だったというニュースがありました。ちなみに2位は「竜馬がゆく」、3位は「燃えよ剣」だったようです。

エピソードの掲示板の近くには「 お大師さまのおことば」が頂ける掲示板がありました。

如来の日光は 遍く法界を照らすなり
(前略)…境内の隅々にまで届く、 お大師様の光を感じ、感謝のできる一年となりますように。と書かれていました。
日々の些細な事に感謝のできる一年を過ごせたいと思います。

「 お大師さまのおことば」は毎月変わるようです。次回行った時はどんなお言葉に出会うのか…楽しみです。

 

講堂

講堂は「東寺の中心、つまり密教の中心的建物」と東寺のホームページで書いている通り、講堂は弘法大師によって建設が計画されたといいます。

講堂は839年に完成されましたが、1486年の火事で焼失、今の講堂はその5年後に再建されt二代目です。

党内には、弘法大師の発想に従い多くの尊像を配置しており、その中心に大日如来の坐像が安置されています。

東寺仏像残像記ー講堂の大日如来を中心に  

大昔、東寺の秋期特別拝観に行った事があります。その観想を書いたのがありましたので、こちらに載せます。(個人の感想になりますが、ご参考になれば幸いです。)

青空がすんと心に入るある日、東寺の秋期特別拝観の共通券を求めた。

まず入った宝物舘では地蔵菩薩半跏像のそっとた垂れている裸足、とくにその腓が目に残った。腓から足指までの線が美しい。その足からふと谷崎の『刺青』が浮ぶ。またその腓からは『雪国』の葉子の腓がよみかえる。妙な事・・・地蔵菩薩半跏像の足から谷崎潤一郎と川端康成に出会うなんて。

 

華麗な仏像巡礼はもう講堂に至る。堂々に建てられた講堂に自分の手で門を開けて中に入る。その門は現世から内世へ向う扉のようである。

そして…入ったとたん目の前には遥かな光の波。暗いのに眩しい。窓格子から差し込む夕日である。その光の中で漸次に現れる密教浄土の世界。

「仏界易入魔界難入」とすれば、浄土の世界は仏界であり、私は今仏界にいるかもしれない。さすが「仏界易入」とも言えるだろう。

 

でもそうではないような気がする。

天部、菩薩、如来、明王、天部。その立体曼茶羅、まさに仏界と魔界の中心を支えるように見える大日如来の表情がその印のようである。

なんの華麗な仏像だろう。如来とは一切の欲を離れたと言われ、質素な姿であるとするが、曼茶羅の大日如来は違う。

「大日如来は宇宙そのもの存在を装身具の如く身にまとった者として、特に王者の姿で表されるのである」と云う。

 

しかし…ずっと眺めていたら目じりから悲しさ、切なさ、苦悩が段々伝えてくる。横顔はさらにそうである。既に悟を開く、俗人の日々の感情のも離れ、極めて浄化された精神であり知恵そのものだと云う大日如来、なおその手相。

めったに見る機会が無かった私にとって何より印象的だった大日如来の手相は「理と智, 衆生と仏, 惑いと悟りが元々は一つということを示す智拳印」と云う。

 

そうすれば仏界も魔界も元々一つの世界ではないか。それゆえ大日如来は仏界と魔界の境を離れるとせずに、その極端の両界に存在するのではないか。

悟る世界というのは仏界ではなく、もしかしたら魔界なのではないか。それゆえ、菩薩も我々も悟りを求めても叶い難い、「魔界難入」というのではないか。

 

考えて見ると、大日如来には地蔵菩薩半跏像の足から感じた繊細な綺麗さはない。悲しさがそのまま伝えてくるわけでもない。

むしろ強く見えるが…その底からどうも孤独、悲しみ、煩悶が表れる。だから…もっと切ない。それこそ「魔界」なのかもしれない。

 

急に窓が外れ、分散されて入り込んだ光が一気に中に差し込む。

丁度、展示が終わる時間になり窓を外したのである。人の影が消えたら間もなく講堂は闇の世界に沈むだろう。

 

光の時間と深遠の闇黒の時間が毎日繰り返す。人生も同じだろうか。講堂を出ると空はもう夕焼けである。

 

*東寺秋期特別拝観チラシとウィキペディアを中心に参考させていただきました。

東寺・五重塔

五重塔・20190505

五重塔・20220109

追記予定です😅

御菓子司 東寺餅

餡子がだっぷり入って美味しく頂きました。値段は一つ150円です。

「御菓子司 東寺餅」は梅小路公園から歩いてもそこまで遠くありません。

東寺・ホームページ

http://東寺 – 世界遺産 真言宗総本山 教王護国寺

東寺・アクセス

東寺・参考本