kyotostoryのブログ

あなたの知らない京都

『古都』の中の京都ー川端康成『古都』

 川端康成『古都』



 

 

 

『古都』という小説を聞いたことありますか?案外に知られてない気がしますが…京都好きの方なら…是非読んでほしい作品です。『古都』は京都の絵巻とも言われるほど…様々な京都…細かい京都を作家の鋭い目線で捉えています。

京町屋の春から幕を上げて、雪の冬に幕を閉じる『古都』…実はかなりミステリアスな作品なんです。

 

異常な所産『古都』

『古都』が初めて「朝日新聞」に連載された昭和36年、川端康成は同時に別の2つの作品を「新潮」と「婦人公論」に連載していました。  

 

京都
 1961年10月8日 朝日新聞

 
ぼぼ同じ時期に書かれた『眠れる美女』,『古都』,『美しさと哀しみと』は共に<京都>を取り上げながら、作品の中に<眠り薬>や<麻薬>などが出る上に、三作品の中…『古都』作家自身が実際に眠り薬に酔って書いたと語っています
 
『古都』のあとがきで川端康成自身は『古都』は「眠り薬に酔って書いたもの」で「初めは小さく愛すべき愛物語りを書くつもりだったのが全く違う双子の娘の話になってしまった」としう「異常な所産」であることを明らかにしています。
 
1961年1月 婦人公論
 
登場人物の行為自体が<京都>の年中行事と観光名所と連結して進行している生まれ分かれた双子姉妹の可憐な物語が『古都』とすれば、『美しさと哀しみと』は<京都>を主な舞台にしたものの残酷な運命の悪戯、同性愛や復讐で点綴した作品であり、『眠れる美女』もそれに勝さない奇怪なストーリ…。
 
だからこそ、そんな中で書かれた、極めて純粋で、叙情的な作品『古都』は当時に書かれた彼の一連の作品と比べたら「無限の悪性から咲いた花」とも言えるでしょうか。
 
さらに『古都』が眠り薬に酔った状態で描かれた事実を加えたら彼の話通り、『古都』は「異常な所産」であり、「夢が導いた小説」とも言える事ができます。
 

『古都』解説・山本健吉

川端康成の小説『古都』は京都を舞台にして、一方では京都の年中行使絵巻が繰り広げられ、他方では京都各地の名所案内記をも兼ねている。全9章のうち、「春の花」「尼寺と格子」「きものの町」は春、「北山杉」「祇園祭」は夏、「秋の色」「松のみどり」「秋深い姉妹」は秋、「秋深い姉妹」の終わりごろから「冬の花」は冬である。そして、年中行使としては、花見、葵祭、鞍馬の竹伐り会、祇園祭、大文字、時代祭、北野踊、事始めなどが書かれ、名所や土地の風物としては平安神宮、嵯峨、錦の市場、西陣御室仁和寺、植物園、加茂川堤、三尾、北山杉、鞍馬、湯葉半、チンチン電車、北野神社、上七軒、青蓮院、南禅寺下川原町の竜村、北山しぐれ、円山公園の左阿弥その他が描かれている。

あらすじ

 
佐田千重子は京呉服問屋の一人娘として何不自由なく美しく育った。千重子は中学生のとき、父母から実子でないことを知らされた。祇園の夜桜の下に寝かされていた赤ん坊があまり可愛いので、悪いと知りながら盗んだと母は言うが、千重子と父母の関係は、実の親子以上の愛で結ばれていた。ある日、千重子は友だちの正子と、清滝川沿いの北山杉の村に行くと、自分とそっくりな村の娘に出会い驚いた。暫くして、祇園祭に賑わう宵山の晩「御旅所」にお詣りに行った千重子は、そこで、七度詣りをしている瓜二つの娘と再会する。(Amazonプライムより)

 山口百恵さんの映画 『古都』は原作に充実していて、お勧めです 。)

その千重子と千重子に恋心を秘めている幼馴染の水木真一と西陣の職人である秀男。そこに祇園祭宵山で偶然出会った双子の苗子と水木真一の兄の竜助が加わり、まさにその日、『真夏の夜の夢」のよう、恋の行方は混乱に落ち、双子姉妹の心には波乱が起きるのですが…。
 

人とイメージの重層

『古都』は『雪国』「千羽鶴と共にノーベル賞の受賞対象作品に取り上げられましたが…その裏側には作家自身が「眠り薬に酔って、うつつないありさまで書いた」という残酷な一面が潜んでいます。川端康成のへ睡眠剤歴は不眠症が原因で単なる服用からみると五十年近く続いた事になるので、ほぼ…生涯を「人工的な薬」に眠りを任せたとも言えます。
しかしながら…〈眠り薬の創作〉なった『古都』ですが…むしろそれによって『古都』は〈夢幻の天上〉と〈哀憐の地上〉という二重性を獲得したとも思われます。それゆえ『古都』は眠り薬の祟りではなく「眠り薬のおかげ」で彼の「他の作品と多少ちがう」作品として成り立つことができたとも言える事ができます。
それゆえ、『古都』には「人とイメージの重層」が数多く流れています。「かすかに残る赤」を一例に取り上げてみると、神護寺で重盛の肖像画に「かすかに残る赤」を思い出す千重子の姿は「寝顔の目尻にさしてゐた、古風な紅」(『獨影自命』)と「白い釉のなかにほのかの赤が浮き出て、冷たくて温かいやうに艶な」『千羽鶴』)志野と重なります。一つの「赤」が違う流れをもって同時にその底辺を流れて行くのです。
しかもその「かすかに残る赤」は、与謝蕪村の『夜色楼台図』の「側壁に点じられた代緒」にまで繋がります。そして、雪が降る京の夜明けに「これがあたしの一生のしあはせどしたやろ」と別れの言葉を残して雪の町を消えて行く苗子と千重子の間に流れる時間は、いまだに続くように感じられます。
「虹」もそうで、川端康成はあらゆる作品の中で「虹」を頻繁に取り上げましたが、ことに『古都』前後の三作品にはすべて「虹」が登場します。
『古都』では「色が淡く」、「ながめてゐるうちに、虹の色は薄れて消えてゆくやう」な「虹」が秀雄の目を通じて苗子との関係を暗視することになりますが、これは…川端康成の目に見えた「幻」としても考えられます。
既に…眠り薬の中毒状態だった…川端康成にはおそらく京都自体が知らず知らずのうちに去ってしまう「虹」のように感じられたのかもしれません。そして帯を織る間に知らず知らずに苗子と千重子一人に重なっていく秀男のように、「虹」のような京都は同時に「幻」のような存在となります。
そこに…川端康成は現実ではなく夢幻が導く〉中毒状態で混ぜ合わせて浮かび出す自分の人生を重ねて、作品『古都』を成り立たせたとも言えるのではないでしょうか。

まとめ

あまりにも奥深く広がる何層の物語りの重畳…が広がる『古都』ですが…『古都』にはストーリーとは別にグッとくるものがあります。それは…京都弁。川端自らも京都弁にはかなりの修正を重ねるほど気を遣ったといいます。それがあってこそ、『古都』は過ぎしの京都…そのまんまの価値があるのではないでしょうか。
コロナ禍の今は無理ですが、収束の日…本を持って…千重子の目線で今の京都をゆっくり歩いてみたいです。
「『古都』の中の京都」はシリーズで投稿し続けようと思っております。宜しくお願い致します。