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あなたの知らない京都

紫式部ゆかりの地・千本ゑんま堂で出会う紫式部像と紫式部供養塔

京都は思わぬ場所で「なんで?こんな場所に!」とはてなが広がる場面に遭遇するが可能性の高い街です。商店街の中にいきなり現れる神社や町内を長い年月守ってくれる特々なお地蔵様、公園の中に何けなく置いてある掲示板がびっくりする歴史の場所である…等々。

今回の投稿はその「なんで?こんな場所に!」の中で紫式部ゆかりの地として、千本ゑんま堂をご紹介させていただきます。謎めきの紫式部のお墓は既に投稿しておりますが、千本ゑんま堂もその謎めきの紫式部ゆかりの地の一つなのです。

小野篁が創建したと伝わる千本ゑんま堂で出会ったのは…紫式部象と紫式部供養塔。小野篁と紫式部の死後につながるご縁の深さに驚きです。

引接寺(千本ゑんま堂)

千本ゑま堂の正式名称は「引接寺」ですが、「千本ゑま堂」で親しまれています。

京都では通称で知られているお寺が多く、正式名称だと全く伝わらないケースも少なくありません。➡参考:覚えておきたい…お寺と神社の通称と正式名称

千本ゑま堂の創建者はあの世とこの世を行き来したとされる小野篁。閻魔法王より現世浄化のため、塔婆を用いて亡き先祖を再びこの世へ迎える供養法を授かった小野篁は、その根本道場として、自ら閻魔法王の姿を刻み千本ゑま堂を建立したと伝わります。

「千本」という名前の由来は、昔、この地が平安京三大葬送地のひとつである「蓮台野」の入口にあたり、周辺からは多くの石仏群が出土され、ゑんま堂から蓮台野へ亡骸を葬った際に建立された石仏や卒塔婆が無数にあったことから「千本」の地名が残ったといわれています。

上千本商店会を歩き進むと千本ゑんま堂です。商店街を進むとえっ?と思わせる場所で千本ゑんま堂という旗が現れます。まさに…商店街の中にひっそりと佇む歴史の場所とも言えるでしょうか。商店街にはバス停もあるので、市バス「千本鞍馬口」から降りるとすぐです。➡京都市バス時刻表:千本鞍馬口

境内の掲示板によると毎月16日はゑんまさまのご縁日だそうです。ちなみに2024年1月16日は初ゑんまです。➡千本ゑんま堂 引接寺

千本ゑま堂・閻魔法王

千本ゑんま堂に入ると真っ先に目に入る巨大なゑんま法王です。(本尊の閻魔法王は本党に安置されています。本党は写真禁止でした)

千本ゑま堂・本堂

 

本堂?の前には大きな顔出しパネルが置いてあるので、写真スポットにもなります。

本堂の周りには四季折々の花がも飾られています。

千本ゑま堂・紫式部

今年のnhk大河ドラマ「光る君へ」で注目を浴びている『源氏物語』の作者「紫式部」。

千本ゑま堂になぜその紫式部の像と供養塔があるのでしょうか。それは紫式部のお墓の謎と同じ理由で、紫式部のあの世での不遇な姿を見て成佛させるために供養塔を建立したと伝えられています。

「紫式部」は「狂言綺語(きょうげんきご)」を操る恋愛小説「源氏物語」を書いたため、地獄の落ちたと言われていたようです。それで、後世の源氏物語を愛した人たちが「紫式部」を救いたいと思い、閻魔大王の補佐役をしていた伝説を持つ「小野篁」を一緒に祀ることで、「紫式部」を供養したのではないかという説があります。

紫式部供養塔

境内の西北隅にある紫式部の供養塔は春になるとゑんま堂普賢象桜とのコラボが楽しめます。

千本ゑま堂・ゑんま堂普賢象桜

ゑんま堂普賢象桜は船岡山の刑場の麓に植えられた船岡山発祥の桜です。ゑんま堂普賢象桜は椿のように花冠のままぼとりと落ちるので、斬首される囚人の姿に似てるため、中世の所司代は、この花を獄舎の囚人に見せ、仏心を起こさせたとも伝わっています。応永 15年(1409)、後小松天皇の薦めで当山を参詣した将軍・足利義満は、境内に咲き誇ったこの桜に感服したと伝わります。➡千本ゑんま堂 引接寺: ゑんま堂普賢象桜 

花の中心からみどりの葉が二本伸びていて普賢象菩薩の乗る象のきばのように見える事で普賢象桜と呼ばれるようになったようです。

普賢象桜・秋

普賢象桜・春

春の千本ゑんま堂は眩しい!境内には「ゑんま堂普賢象桜の道」ができていて、その桜ロードは紫式部像と紫式部供養塔も含まれていて、とても幻想的な道になります。遅咲のゑんま堂普賢象桜が満開になると藤の花も満開なので、ダブル花見ができます。

松月桜

千本ゑんま堂はゑんま堂普賢象桜で知られますが、駐車場?に植えられている松月桜も見逃してはいけません。一本ですが、とても華やかで綺麗です。

普賢象桜&松月桜・動画

千本ゑま堂・鐘楼

地元の方々との交流の場にもなる鐘楼。近所に鐘楼があるお寺があるという事はとても恵まれている事だと思います。大晦日にお寺から微かに聞こえる鐘の音色…憧れです。

境内北側鐘楼内にある梵鐘は、毎年八月の「お精霊迎え」の行事には「迎え鐘」「送り鐘」として、また大晦日の「除夜の鐘」を撞くために善男善女の長い列ができます。南北朝時代の康歴元年(1379)に大工藤井國安が製作したとの刻銘があります。➡千本ゑんま堂 引接寺: 梵鐘

千本ゑま堂・千本ゑんま堂狂言

千本ゑんま堂狂言は「京都三大念佛狂言」のひとつで、壬生寺の壬生大念仏狂言と嵯峨釈迦堂の嵯峨大念仏狂言はセリフがないのに対して、千本ゑんま堂狂言はセリフのあることが大きな特徴です。➡ 京都検定にも出題されています。

天正十年(1583)織田信長が上杉謙信に下された狩野永徳筆の洛中洛外図屏風の中にも、境内でこの狂言を演じる様子が描かれています。

京都三大念佛狂言

ゑんま堂大念仏狂言

壬生寺の壬生大念仏狂言

嵯峨釈迦堂の嵯峨大念仏狂言

千本ゑま堂・風祭り

風祭り

 期間:7月1~15日

本尊開扉:午後7時より
香を楽しむ会: 午後6時45分より  

「心に染みる風鈴の韻と心に広がる香の薫りを愉しむ」千本ゑま堂の風祭りは 京都検定にも出題されています。

千本ゑま堂・地蔵供養池

毎年8月7日~15日と8月16日にお精霊送りが行われるという地蔵供養池。

千本ゑま堂で一番印象的だった場所です。本党周辺には奥につながる通路があり、進むといきなり現れる池には無数の地蔵菩薩が置いてあります。池には紅葉が綺麗に映っていましたが、写真を撮る事さえできない…神聖さに圧倒されて、静かに眺めるだけの時間になりました。とても落ち着く空間でした。

千本ゑま堂・御朱印

千本ゑま堂の御朱印は小野篁と閻魔大王の2種類があります。(特別の御朱印がありましたが、かなりの値段でした😥)

せっかくなので、二種類の御朱印を頂きました。とても時間をかけて丁寧に書いてくださいました。感謝です。

ご朱印のいわれ

このご朱印は、私達の人生の終わりを引接(引導の意味)下さり、 また、次の世の初めを司ってくださるゑんま法王の御法印です。
昔は、お寺へ参拝した人々が自分で写したお経文を納め、祈願した しるしとして、御印を頂いたもので、お納経という由来があります。 仏様に代わる御印ですので、単なるスタンプと同じように扱わぬ様 心がけましょう。

京都西陣
いんじょうじ 引接寺
千本ゑんま堂

「ご朱印のいわれ」を頂きました。御朱印を集め始めたのは17年前の「四国三十三所めぐり」でしたが、京都を含む数ヶ所を巡っただけで…ずっと収まっている状態でした。10年以上の時間を経て…いざ!と2019年に京都のお寺の御朱印めぐりをスタートすると、その翌年からコロナ禍になってしまって、中止になっていましたが、2022年頃から「御朱印めぐり」を再開しております。

千本ゑま堂・おみくじ

千本ゑま堂・ホームページ

千本ゑま堂・アクセス

千本ゑま堂・千本通

千本ゑま堂は千本釈迦堂から徒歩で行ける距離ですが、時間は少々かかります。千本釈迦堂から通りかかりの方に千本ゑま堂までの道のりを訊くと、「このまままっすぐ行くと千本通が出て…そこからまっすぐ上がると千本ゑま堂」という事でした。

千本通は思ったより近く、上に進むと商店街、千本ゑま堂はその商店街の中、八百屋さんの隣になります。