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あなたの知らない京都

引接寺(千本ゑま堂)

千本ゑんま堂

千本ゑま堂・千本通

千本ゑま堂は千本釈迦堂から徒歩で行ける距離ですが、今回は自転車で行きました。

千本釈迦堂から出て、通りかかりの方に千本ゑま堂までの道のりを訊くと、「このまままっすぐ行くと千本通が出て…そこからまっすぐ上がると千本ゑま堂」いう事でした。

千本通は思ったより近く、上に進むと商店街、千本ゑま堂はその商店街の中、八百屋さんの隣にありました。

千本ゑま堂・引接寺

京都では通称で知られているお寺が多く、正式名称だと全く伝わらないケースも少なくありません。➡参考:覚えておきたい…お寺と神社の通称と正式名称

千本ゑま堂も正式名称は「引接寺」ですが、「千本ゑま堂」で親しまれています。

「千本」という名前の由来は、昔、この地が平安京三大葬送地のひとつである「蓮台野」の入口にあたり、周辺からは多くの石仏群が出土され、ゑんま堂から蓮台野へ亡骸を葬った際に建立された石仏や卒塔婆が無数にあったことから「千本」の地名が残ったといわれています。

千本ゑま堂を創建者はあの世とこの世を行き来したとされる小野篁。

閻魔法王より現世浄化のため、塔婆を用いて亡き先祖を再びこの世へ迎える供養法を授かった小野篁は、その根本道場として、自ら閻魔法王の姿を刻み千本ゑま堂を建立したと云います。

千本ゑま堂・閻魔法王

千本ゑんま堂に入ると真っ先に目に入る巨大なゑんま法王です。(本尊の閻魔法王は本党に安置されています。本党は写真禁止でした)

千本ゑま堂・紫式部

(追記予定)

紫式部と小野篁の関りは紫式部のお墓で投稿しておりますので、興味のある方はご参照ください。

紫式部供養塔

千本ゑま堂・ゑんま堂普賢象桜

千本ゑま堂・鐘楼

千本ゑま堂・千本ゑんま堂狂言

千本ゑんま堂狂言は「京都三大念佛狂言」のひとつで、壬生寺の壬生大念仏狂言と嵯峨釈迦堂の嵯峨大念仏狂言はセリフがないのに対して、千本ゑんま堂狂言はセリフのあることが大きな特徴です。➡ 京都検定にも出題されています。

天正十年(1583)織田信長が上杉謙信に下された狩野永徳筆の洛中洛外図屏風の中にも、境内でこの狂言を演じる様子が描かれています。

京都三大念佛狂言

ゑんま堂大念仏狂言

壬生寺の壬生大念仏狂言

嵯峨釈迦堂の嵯峨大念仏狂言

千本ゑま堂・風祭り

風祭り

 期間:7月1~15日

本尊開扉:午後7時より
香を楽しむ会: 午後6時45分より  

「心に染みる風鈴の韻と心に広がる香の薫りを愉しむ」千本ゑま堂の風祭り➡ 京都検定にも出題されています。

千本ゑま堂・地蔵供養池

毎年8月7日~15日と8月16日にお精霊送りが行われるという地蔵供養池。

千本ゑま堂で一番印象的だった場所です。本党周辺には奥につながる通路があり、進むといきなり現れる池。池には無数の地蔵菩薩。池には紅葉が綺麗に映ってましたが、写真を撮る事されできない…神聖さに圧倒されて、静かに眺めるだけの時間になりました。とても落ち着く空間でした。

千本ゑま堂・御朱印

千本ゑま堂の御朱印は小野篁と閻魔大王の2種類があります。(特別の御朱印がありましたが、かなりの値段でした)

せっかくなので、二種類の御朱印を頂きました。とても時間をかけて丁寧に書いてくださいました。感謝です。

ご朱印のいわれ

このご朱印は、私達の人生の終わりを引接(引導の意味)下さり、 また、次の世の初めを司ってくださるゑんま法王の御法印です。
昔は、お寺へ参拝した人々が自分で写したお経文を納め、祈願した しるしとして、御印を頂いたもので、お納経という由来があります。 仏様に代わる御印ですので、単なるスタンプと同じように扱わぬ様 心がけましょう。

京都西陣
いんじょうじ 引接寺
千本ゑんま堂

「ご朱印のいわれ」を頂きました。御朱印を集め始めたのは17年前の「四国三十三所めぐり」でしたが、京都を含む数ヶ所を巡っただけで…ずっと収まっている状態でした。10年以上の時間を経て…いざ!と今度は「京都のお寺の御朱印めぐり」をスタートすると、その翌年からコロナ禍になってしまって、中止になっていましたが、今年から「御朱印めぐり」を再開しております。

千本ゑま堂・おみくじ

千本ゑま堂・ホームページ

千本ゑま堂・アクセス