
私の本棚と太宰治『人間失格』
「みんなの本棚」には『人間失格』だけを置いていますが、私が持っている韓国語版には『人間失格』と『斜陽』が一緒に入っています。

2004年出版のその本には、ページのあちこちに数十年前の自分が引いた線や、貼られたままの付箋が残っていました。
当時の私は、小説を書くことなど微塵も考えていなかったのに、なぜ今になって小説に取り憑かれているのか。人生とは、本当に不思議なものだと感じます。
今回の投稿では韓国語版の写真に加え、「青空文庫」から引用をさせていただきます。
太宰治と川端康成の文学的関係
太宰治の作品には、川端康成を連想させる描写や雰囲気がしばしば見られます。
お二人の文学的な影響や芥川賞を巡る関係について考えると、改めて興味深く感じます。
あらすじ
主人公・葉蔵は、裕福な家庭に生まれながら、幼少期から他人に自分の本当の感情を見せられず、孤独を抱えて生きます。
大人になった彼は、周囲に笑顔を見せながらも内面では自己嫌悪や孤独を深め、酒や遊びで心の空洞を埋めようとします。
物語は、葉蔵の手記という形で進み、「人間としての存在とは何か」という普遍的な問いを読者に投げかけます。
感想
太宰治さんの文章はなんでこんなに美しいのか、と考える事があります。
欠けている自分を正直に見せる勇気と、その弱さを包む文章の力。精神的にあれほど疲弊した人がどうやって、あんなにやさしく、あんなに切なく、あんなに溶けてしまうかのような言葉を生み出せることができるのか。その不思議さに、読むたびに心を奪われます。
『人間失格』は、太宰治が自身の内面を深く掘り下げ、孤独や疎外感、自己嫌悪を描いた作品です。読んでいると、ただ物語としてではなく、作者の息遣いや感情に直接触れているような感覚になります。
…そのひとは、言葉で「侘びしい」とは言いませんでしたが、無言のひどい侘びしさを、からだの外郭に、一寸くらいの幅の気流みたいに持っていて、そのひとに寄り添うと、こちらのからだもその気流に包まれ、自分の持っている多少トゲトゲした陰鬱の気流と程よく溶け合い、「水底の岩に落ち附く枯葉」のように、わが身は、恐怖からも不安からも、離れる事が出来るのでした。
弱虫は、幸福をさえおそれるものです。綿で怪我をするんです。幸福に傷つけられる事もあるんです。傷つけられないうちに、早く、このまま、わかれたいとあせり、れいのお道化の煙幕を張りめぐらすのでした。
果して、無垢の信頼心は、罪の原泉なりや。
「僕は、女のいないところに行くんだ」
このひとも、きっと不幸な人なのだ、不幸な人は、ひとの不幸にも敏感なものなのだから、
神に問う。無抵抗は罪なりや?
堀木のあの不思議な美しい微笑に自分は泣き、判断も抵抗も忘れて自動車に乗り、そうしてここに連れて来られて、狂人という事になりました。いまに、ここから出ても、自分はやっぱり狂人、いや、
人間、失格。
ただ、一さいは過ぎて行きます。
自分がいままで阿鼻叫喚で生きて来た所謂「人間」の世界に於いて、たった一つ、真理らしく思われたのは、それだけでした。
ただ、一さいは過ぎて行きます。
青空文庫➡太宰治 人間失格
[番外編] 彼女と彼女の猫-Everything Flows-
太宰治『斜陽』
太宰治の作品の中で、私が最も「言葉が美しい」と感じたのは『斜陽』です。
幸福感というものは、悲哀の川の底に沈んで、幽かに光っている砂金のようなものではなかろうか。
感情を激しくぶつける言葉ではなく、悲しみや絶望が、静かに、しかし確実に沁みてくる、その美しい言葉は、太田静子さんの言葉が溶け込んでいるからではないでしょうか。
『斜陽』は敗戦後の混乱した日本社会の中で、没落していく貴族の家族の姿を描きながら、生きることの儚さと美しさを静かに、しかし、力強く伝えています。
恋、と書いたら、あと、書けなくなった。
ああ、お金が無くなるという事は、なんというおそろしい、みじめな、救いの無い地獄だろう、と生れてはじめて気がついた思いで、胸が一ぱいになり、あまり苦しくて泣きたくても泣けず、人生の厳粛とは、こんな時の感じを言うのであろうか、身動き一つ出来ない気持で、
札つきなら、かえって安全でいいじゃないの。鈴を首にさげている
死ぬ気で飲んでいるんだ。生きているのが、悲しくて仕様が無いんだよ。わびしさだの、淋しさだの、そんなゆとりのあるものでなくて、悲しいんだ。陰気くさい、嘆きの
そうして私は、あのひとに、おそらくはこれが最後の手紙を、水のような気持で、書いて差し上げた。
青空文庫➡太宰治 斜陽
まとめ
私なんか比べるべくもないですが、落選という哀しみが重なる感覚だけは、少しだけ想像できる気がします。
太宰治さんにとって、賞をもらうことは、才能の証明であり、金銭的な自立であり、何より「人間として生きていていい」という承認だったのでは。それがどうしても届かない。
昨年…小説、童話、詩、俳句…その上、翻訳まで、、、何を書いても、何をしても、報われなかった自分だからこそ、今になって、彼の言葉が、胸に刺さるのかもしれません。