
京都には、知る人ぞ知る紅葉の穴場として密かな人気を集める場所があります。その一つが「厭離庵」です。私もそのブームに乗り、実際に訪れたことがあります。
今回の投稿では、謎めいた雰囲気を持つ厭離庵の魅力をご紹介します。
厭離庵・藤原定家
厭離庵は、藤原定家が70歳を過ぎて住み始めたという小倉山荘の旧跡とされるお寺です。境内には、書院のほか、時雨亭、柳の水(硯の水)、定家塚など、歴史を感じさせるスポットが点在しています。
藤原定家はここで『百人一首』を編集したとも伝えられています。静かで落ち着いた庭園の中に、千年以上の時間を感じることができるのが厭離庵の魅力です。
百人一首の日
5月27日が「百人一首の日」になったのは、1235年5月27日に藤原定家が小倉山荘で『小倉百人一首』を完成した事に由来します。
厭離庵・秋の特別公開

厭離庵は非公開なので、特別公開以外は中に入る事ができません。
2025・厭離庵 秋の特別公開
公開期間:11月1日~12月7日
拝観時間:9:00~16:00
参拝料:500円
厭離庵・参道
厭離庵の場所は謎!という噂があります。実際、特別公開期間でないと、その通り、厭離庵の場所を見つける事はかなり難!です。
厭離庵へのアクセス方法は後半で二尊院からのアクセスと清凉寺からのアクセスで詳しく書いておりますので、「厭離庵・アクセス」をご覧ください。

参道の入り口には「小倉山荘旧址厭離庵」と刻まれた石標が立っていて、長く続くこの道を進むと厭離庵です。
昨年の参道は境内の紅葉が薄っすら見える緑の風景でした。

厭離庵・都名所図会
厭離庵は江戸時代後期に刊行された『都名所図会』にも掲載されているので、江戸時代は今より多くの人に知られていたかもしれません。

厭離庵・藤原定家の塚
秋の特別公開の境内は紅葉が見頃。人で溢れる中、あまり目の留まる事もないだろうな場所に藤原定家の塚がありました。


厭離庵・紅葉

厭離庵の紅葉の見頃は11月末から12月初め頃になるかと思います。2023年の場合12月1日の厭離庵は紅葉が見頃でした。ご参照ください。
厭離庵で感じる非日常体験。眩しいほど広がる景色に心が満たされます。

厭離庵・境内


意外な所で、楽しめるのも厭離庵の魅力です。

厭離庵・御朱印

秋のお寺や神社では参拝客が多いので置き御朱印が多いですが、厭離庵で頂ける御朱印は書置きではなく手書き御朱印です。
御朱印に書かれた内容を訊ねると厭離庵は時雨亭の跡地という事で、百人一首の藤原定家の句だと説明してくれました。(御朱印:300円、2023年当時)
百人一首・藤原定家

この歌は恋をテーマにした歌合せで作られて歌と言われ、女性の立場で作られた歌です。
来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに やくや藻塩の 身もこがれつつ
厭離庵・動画
厭離庵・アクセス
地図からでもわかりますが、厭離庵は二尊院と清凉寺の真ん中へんに位置していますが、二尊院からの方がすこし近くて、見つかりやすいです。

①二尊院➡厭離庵
二尊院から徒歩10分前後

二尊院近くの自動販売機がある場所を下のほうに歩いたらお店がでます。

そのお店から、もうすこし進むと左側に立看板がありますが、気づかすスルーする可能性も高いので…ご注意を😓ちなにに、立看板があるのは特別公開期間だけです。

中院山荘跡
特別公開期間ではないと厭離庵の参道は本当に謎めきになります。
しかし、二尊院から下に下って進むと出会える看板さえ、見つければ、すぐそこ!が厭離庵です。

清凉寺の西門から出て西に続く道は愛宕道で、その両方の一帯を中院と呼びました。その中院に山荘を構えたのが蓮生(宇都宮頼綱の法名)です。蓮生は鎌倉幕府の有力な御家人でありましたが、政争に巻き込まれ出家します。
蓮生は和歌の名人でもあり、近くに山荘を構えていた藤原定家とも親交があり、後に定家に山荘の障子に貼る色紙の執筆を依頼し、それを定家が快く応じた事から、百人一首の始まりと言われています。
✅厭離庵の参道はここからすぐです。
②清凉寺➡厭離庵
市バス「嵯峨釈迦堂前」下車、徒歩20分前後

まずはバスで清凉寺(嵯峨釈迦堂)から下車、清凉寺の西門に向かいます。西門の近くにはトイレもあります。

清凉寺の西門から出て、そのまま進むと慈眼堂(じげんどう)に着きます。
慈眼堂

慈眼堂は藤原定家の念持仏である木造千手観音像(京都市指定有形文化財)を本尊とするお堂です。自由に参拝できます。
慈眼堂を過ぎて歩き進むと厭離庵、厭離庵からすぐ近くが中院山荘跡です。
厭離庵・マップ
【番外編】二尊院
二尊院も藤原定家ゆかりの地として知られています。以下の投稿で二尊院について、すこし触れておりますので、ご興味のある方はリンク先をご参照ください。